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Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」をベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載していました。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや勝手に楽譜イベ内容を補完した妄想小説を掲載中。R18小説・HコミックをDLSITEでダウンロード販売中。イラストや漫画も無料掲載中♪一部パスワードあり
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――まさか、自分を男女交際の対象として考えたことはないと言い切られるとは思ってもいなかった――
香穂子は、告白をした直後の吉羅の言葉に打ちひしがれていた。
決死のつもりで勇気を振り絞った一言。
「――私たちって、付き合ってるんでしょうか?」
返ってきた言葉はあまりに予想外だった。

「現に、こうして食事に付き合ってもらっているが」
とぼけたような、きょとんとした表情の吉羅に言い放たれた。
「あの。そういう意味じゃなくって……」
もじもじと口ごもった香穂子は、そんな風に吉羅がとぼけるとは思わなかったので、次になんと言えばいいのかわからなくなった。

「その、付き合うじゃなくって。あの……」
恋人なのかと訊きたい。
でも、一回り以上の年齢差のある自分たち二人を恋人と認識していいものなのか。
現状ではそう受け取っても仕方ないと思う。
だって、彼は夜に昼にしょっちゅう香穂子を呼び出しては食事に誘ったりコンサートに連れ出したりする。
まるっきり恋人のするようなデートをしておいて、まさか無関係などとは言われまい。
希望と期待と不安、恐怖の入り混じった気持ちで、香穂子は捨て身の疑問を吉羅にぶつけた。

「恋人と、して。それで付き合っているのかと、そういう意味で……」
唇が震えていく。
もう顔を上げていられない。
まともに彼の顔を見ることさえできない。

「――ああ、そういう意味での付き合いか。……考えたこともなかった」

あっけらかんと言い放たれた、無情な言葉。
彼にとっては、自分は恋愛対象だなどと思われたことさえなかったのか。
何かで頭を強く殴りつけられたような衝撃を受けて、香穂子はうつむいていた。
そんな彼女の様子を少しは気にしたのか、吉羅が慰めめいた?ことを口に出した。

「――まあ、君が私よりも年上になるか……」
またそんな、笑えないオヤジギャグを飛ばす。
若いくせに妙におっさん臭い冗談を時々言うんだから。
半ば呆れて頭の中で突っ込みつつも、香穂子は彼の発言の続きを待っていた。
二人きりのドライブデート、海辺のレストランに向かう途中の海岸沿いの道。
ムードたっぷりのはずがどうしてこうなる。
「学校法人を統括する文部科学省のお役人になるか、――有名なヴァイオリニストになるか。そうなれば、考えないこともないよ?」


香穂子の表情を確かめるように笑いかける吉羅の笑顔は、いつもの皮肉交じりのそれではなくて、――ドキッとするほど魅力的だった……
厳しい印象のある吊り上がり気味の鋭い瞳は、何故かかなり柔らいでいる。
僅かに困惑したような目をしているけれど、唇にははっきりと笑みが浮かび整った薄めな口唇は弧を描いている。
今の彼からは、普段の厳格さだとか頑なさは感じられず――そう。
リラックスして砕けた雰囲気が漂っている。

相対する人を緊張に導く、どこかしら張りつめていた態度が今は緩んでいる。

「――さあ、では食事に行こうか」
車を発進させた彼は、言葉少なになった。
香穂子も同様だった。


その後は、どんな会話をしたのかもうろ覚えだ。
彼に恋人なのかと問い掛けた際のやりとりを、香穂子は幾度も繰り返し反芻していた。
彼は自分を恋愛感情も持てない小娘と切り捨てたわけじゃない。
今からずっと先の未来に期待をかけていると言ってくれたんだ。
――ふざけた、極めて困難で不可能な二択を除けば、残されたのは現実に近い一択。

有名なヴァイオリニスト――
有名な……。
それって、音楽関係はもちろん、一般人にも知られる程度を指すのだろうか。
女流ヴァイオリニストで有名な人といえば、香穂子でも沢山知っている。
演奏の巧拙にまで彼が言及しなかったのは、一種の救いと言えるかもしれない。
有名であっても、アクの強いキャラクターや癖のある奏法のソリストだって散見されるし。
極端に言えば、下手で有名なのだって……


……考え込んでいてもどうにもならない。
お世辞など絶対に言わない吉羅が褒めてくれる、感情面の表現を伸ばしていこう。
見込みのない人間の尻を叩いたり、励ますような人じゃない。
彼は香穂子に伸びしろがあると期待をかけてくれるから、こうやってあれこれ激励したり、息抜きと称してはあちこち連れ出してくれるのだ。

思えばおかしな話だ。
彼ほどの資産家であり実業家で、頭脳明晰で容姿端麗な男性なら、いくらでも寄ってくる女性はいるはずだ。
態度や言葉尻が冷たいとか厳格なきらいはあるけれど、それを差し引いても、彼がその気になれば、親しく交際できる女性は五指、いや十指に余るだろうに。

天気のいい日曜日にわざわざ女子高生の自分を食事に誘う。
つまり吉羅には交際相手はいない。
おまけに仕事の合間に特にすることはなく、暇つぶしと言いながら女子高生をからかいに車デートに誘いに来る……
……もしかして、彼ってよく考えたら仕事の時間以外って……暇人?

そこまで考えると、香穂子はおかしくなってくすりと笑った。
決して無謀な望みじゃない。
いつか手の届くところへ目標を置き、そこへ引き上げようとしてくれているんだ。
絶望するのはまだ早すぎる。
そう、私たちの関係は始まったばかりなんだ。

――有名なヴァイオリニスト。
有名な。
それってどんなレベルだろうか?

翌日の放課後。
人気のない屋上で、香穂子は天羽にそれとなく訊いてみた。
「ん~?有名って言えば、ほら。子供のDSを壊して炎上した高島ちさ子とか。あと、ストラディバリで演奏した人……なんてったっけ。あの、ほら千住真理子さんとか。あと五島みどりさんなら、全然クラシックに詳しくないあたしでも知ってるけどさ」
そうだよね。
やっぱりそのレベルになるよね。
というかそれって知名度は凄まじいけど、高島さんは炎上で更に有名になっちゃった感じだし。
一緒にいた冬海が天羽の隣で発言した。
「あ、あの……先輩、有名な女性ヴァイオリニストから何か学べってことなんでしょうか?」


……鋭い、冬海ちゃん。
まさかほんとのことなんて言えない。
そう、理事長が付き合うための条件として、有名なヴァイオリニストになれと言ってきた、などとは――

「日野ちゃんもようやく有名になりたいとか、そんな風に思ったんだ?」
ぐぐっ。
天羽はもっと鋭く核心を突いてきた。

「や、その。なんて言えばいいのかな。その。えと……」
天羽がにやにや笑いを香穂子に向けながら距離を詰めてくる。
「もう、ほんと日野ちゃんって嘘つけないんだから。いいから、いいから。何かあったんだって丸わかりだよ?この場限りでの秘密にしとくから。ほれ、言ったんさい!」


天羽に押し切られる形で、香穂子はこれまでの理事長との微妙な、曖昧すぎる関係を話してみた。


途中まで天羽は驚いたり突っ込みを入れてきたりしたが、付き合うための条件を突き付けられた辺りから、明らかにムッとした表情で口を噤んだ。

一通り聞き終えると、天羽は激しい怒りを隠さずにまくし立てた。
「あんの傲慢男おおお!乙女の純情を弄びよって、淫行野郎があああ!!」

「ちょ、ちょっとちょっと天羽ちゃん!人聞きの悪い、なにもそんな……」
弄ばれてもいないし、ましてや淫行に値する行為なんか何一つないと言うのに。
「淫行じゃないにせよ、じゃあ言葉変えて陰険男って言わせてもらうわ!なによ、ちょっとばかり金持ちで見た目がいいからって、一回り以上年下の花も咲き頃お年頃の乙女にちょっかいかけるだけかけて、付き合ってないだあ?ふざけんじゃないっつうのお」
天羽の怒りは収まる様子はない。

「昼間とか夜とか、食事にも何度も誘われて。コンサートも、昼も夜も出かけて。回らない高級カウンター寿司で時価のお寿司食べて、水族館にも連れてかれて。それってデートとしか言えないよ?デートってのは、お互いに好意のある男女で一緒に出掛けるってことなのよ。それをデートじゃなく、食事につきあってもらっただけとか。なんなのよそれ?」
天羽は冬海の方を向いて、同意を求めていたので冬海も賛同した。
「そ、そうですね。それって、あの。恋人同士のデートだと、私も思います……」

「大体、そういう論理じゃあさ。理事長の言葉通りに解釈すれば、Hまでしたとしても、『ベッドにつきあってもらっただけ』って逃げる口実になるよ!」
「ちょ……そ、そんな……」
「理屈としてはそうでしょ?ちょっと変だけど理事長流の屁理屈なら、そうなるわけよ」
ベッドに、の辺りで純情乙女たちは水を打ったように静まり返った。


吉羅とのそういう場面が頭に浮かびかけて、香穂子は頭を小刻みに振った。
そんな。
そんなことは、まさか……。
発言者の天羽自身も、過激な発言を振り返って言い過ぎたと思ったのか黙りこくっていたが、咳払いをして話を続けた。

「日野ちゃん、あんたはもっと怒ってもいいのに。なんでなのかねえ……あんたの周りにはあまたのイケメンが集ってるっていうのにさ。しかも、同い年の天才くんから兄貴系、可愛い年下中坊、髭面だけど身なり整えれば見れるおっさんまでゴロゴロしてるってのにさ」
ため息をつく天羽は、やれやれといった感じで香穂子に視線を送った。


天羽と冬海にはこの場限りでの話にして欲しいと言っていると、ちょうど香穂子の携帯が吉羅からのメール着信を知らせた。
『もし今時間があるのなら、コーヒーを淹れてもらえないかね?』
――その文字列を見ただけで、あの人の言葉だと知っただけで。
胸が痛くなるような甘く鳴るような、奇妙な感覚が混じりあって香穂子を揺さぶった。

「なんだって?理事長でしょ?懲りずにデートに誘ってきたとか?」
「う、ううん。時間があればコーヒー淹れに来て欲しいって」
「日野ちゃんは今大事な話をしてる最中。つまり時間は、ない。行かなくていいよ、そんなん!断れ!つか、無視しちゃいなよ!そんなのでいちいち尽くしちゃってるから、あっちも調子に乗るのよ。思い知らせてやりゃいいわ、あのロリコン男め!」


「でも、ただコーヒー淹れてるだけなのに。これって尽くしてるってことになるのかな……?」
「当り前よ!考えてもみなよ、相手は三十路過ぎの独身男で、かつ学院理事長なわけよ。逆らえない立場を利用して、日野ちゃんを特別扱いして、可愛い日野ちゃんからわざわざコーヒー淹れさせてるわけ。これってパワハラだよ?考えてみな?これが金やんとか、他の先生が相手だとするよ?立場的にまず~い絵面になると思わない?」
これで断ったとして。
無視して理事長室に行かなかったからといって、吉羅が動揺したりするはずもないと思う。
それどころか、小手先の駆け引きをしようとしてるのを見透かしているんじゃ……

「いい?日野ちゃん。あんた、ショック受けたでしょ?付き合ってないってはっきり理事長に言われて悲しかったでしょ?でもって、付き合うための条件まで出されちゃって。有名なヴァイオリニストになるんだったら、まずコンクールやコンテストにいっぱい出てみることよ。そんで入賞するの。あたしもジャーナリストとして、親友として応援してるからさ!日野ちゃんが有名になりたいんだったら、その協力は惜しまないつもりでいるからね」

不意に屋上のドアが開くと、ダークスーツの長身の男が姿を現した――

素早く香穂子を見つけると、彼女の方に歩み寄ろうとしてくる。
そうはさせじと天羽が香穂子の前に立ちはだかり、吉羅の接近を阻もうとして両手を大きく広げて彼女を庇った。
「日野ちゃんは今忙しいんです。邪魔しないであげてくださいっ」
吉羅の視線は天羽など素通りして、香穂子の方に注がれている。
「……ほう。見ると、演奏はしていないようだが」
「演奏してなくたって、曲想を練るとか、たまにはじっくりと考える時間だって必要ですよね?それくらいわかりませんか?」
天羽の刺々しい物言いと、吉羅のやや不機嫌そうな表情とを見比べて冬海はおろおろしていた。
香穂子は吉羅に背を向けている。


「……わかった。どうやら取り込み中のようだね。機会を見て、出直すとしよう」

吉羅が屋上から立ち去ると、天羽は時計を確かめた。
そして笑い出した。
「ねえ、日野ちゃん!さっき理事長からコーヒーのメールもらって、十分ちょっとしか経ってないよね?……十分も待てなかったんだね、理事長」
香穂子も携帯でメール着信の時間と、現在時刻とを確かめてみた。
確かにほんの十数分しか経過していない。


「無視した効果あったんじゃない?わざわざ屋上まで来るってことは理事長、よっぽど日野ちゃんにコーヒー淹れて欲しかったに決まってるよ」
「そうかなあ……」
「そうだよ?これ、何日か続けてみなよ。さしもの理事長ももっと動揺するかもしれないよ?そうして、ね……」
天羽は香穂子に耳打ちした。

その後二日間ほど、香穂子は理事長室への訪問はしなかった。
呼び出されるのは放課後のことが多い。
そういえば彼が放課後に学院の中にいる以外は、仕事で外回りに行っていることが多い。
帰り際に険しい表情をしていたり、疲労を隠せないでいたり。
詳しいことはわからないけれど、理事長というのは学院の全ての責任を負う立場なのだから、校長や管理職とは全然違った重圧があるのだろう。

週末、金曜日の夕方。
もうすぐ日が暮れようとしている頃、香穂子は久々に吉羅にコーヒーを淹れた。
その合間に彼はずっとPCに向かって素早いキータッチ音を響かせている。
ふう、と大きな溜息が彼の唇から洩れた。
香穂子が差し出すコーヒーを、彼は「ありがとう」と言いつつ受け取る。
ほんの僅かな、だが彼との大事な時間。
この時、彼はいつもは見せない穏やかな微笑みを浮かべているのだが、当人の吉羅はどうやら気づいていなさそうでもある。


「――日野君。急なんだが、明後日の夜にコンサートがあるんだ。君の勉強にもなるから、行ってみないかね?」
「――はい」
「では、明後日の17時頃にお宅に迎えに行くよ」



夕刻前。
香穂子はいつになく大人びた服装にして、化粧も施した。
体の線の浮き出るワンピースにドレスアップした姿を見て、彼はなんと言ってくれるだろう。
門の前に立っていると、吉羅が黒の外車に乗って迎えに来た。
内側から助手席を開けてくれる彼に応じて、滑り込むように彼の隣に座る。
最初の一回や二回目は戸惑っていたが、三回を過ぎればいつしか習慣になり変わる。
まるでこうするのが当たり前かのように思うほど、幾度も彼に誘われてドライブをしてきた。


「今日は、ずいぶんとおめかしをしてくれたんだね」
香穂子の方を見もせず、まっすぐに前を向いたまま吉羅が呟くように言った。
「おかしいですか?」
「おかしくなどないよ。……女性が、自分に逢うためにドレスアップしてきてくれるのを、厭う男などいないと思うがね」
「どうせ、馬子にも衣装とかって言うんでしょう?」
吉羅はそれには答えず、低い笑い声を立てた。


「昔、……そうだな。18世紀半ばから近現代に移行する頃の話だ。バッハが西洋音楽の一大理論体系をまとめ上げた頃。音楽の父と称される偉大なバッハでさえ、彼は王宮や貴族に雇われた、宮廷楽士という存在だった」
いきなり何を言い出すのかと、香穂子は驚きながらも彼の講釈に聞き入っていた。

「つまり、バッハは所謂雇われ職人的な立ち位置だった。彼を雇用する貴族や王族に対する礼儀として、礼装をして演奏をするようになった。というよりも、元はただの町の楽士にすぎない彼の身分は平民だった。なので、貴族の礼装をしてカツラを被らねば宮廷への出仕ができない。
――それが、現在のクラシック奏者が身に纏う礼装や、準礼装の由縁ともなる逸話らしいね」
吉羅は何を言いたいのか、ちらりと香穂子に視線をやった。
「奏者がそうしてドレスアップしているのだから、聴衆としても奏者に敬意を払い、ある程度改まった装いをする。……それは、マナーでもあり、一種の礼儀作法でもある。自分は、あなたをおろそかにはしていないという意思表示でもあるね」

ここまで聞いてやっと話の脈絡が繋がったが、吉羅の真意はなんなのだろうか。
この人は、何か本心を隠す時や本心を吐露したいのにできない時、やたらと饒舌になると思う。
あるいは隠していた本音を漏らした時か。
音楽にその身を擲った姉を亡くした怒りを、悲しみを香穂子にぶつけたあの時のように。

吉羅が連れてきてくれたコンサートなのに、その主題がなかなか頭に入ってこなかった。
彼が車の中で話してくれた、とても婉曲な例え話の意味を追うことで精一杯だった。
けなしてはいないし、回りくどく褒めてくれたのだと思えるが。

ああ、わかりにくい。
どうしてこんな複雑な男に惹かれるんだろう。
なんてわかりにくいんだろう。
でも、そんな彼の心の裡を少しでも知りたい。
ゆっくりと、だが着実に心を開いてくれているのは間違いない。
「人の顔を覚えないタチだ」なんて、人を馬鹿にしているとしか思えない無礼な言動をぶつけてきた初秋の頃とは、えらい違いだ。
反復してあちこちへのデートを繰り返している、その行動が彼からの好意なのだと思っていた。
そう信じていたかった。
例え、はっきりと言葉で表明してくれなくても。


……でも……。
乙女としては、好きな男性に告白したのに、その返答がうすらぼんやりといなされた形で終わってしまったのが、悔しい。
天羽に耳打ちされていた、あの「作戦」を決行するには今が最大のチャンスなのだ。
密かに決意を固めていた香穂子は、いつどうやって話を切り出そうかと考え込んでいた。

食事の場に移動して、コンサートの内容や音楽についての話題が出るが香穂子は上の空気味になっていた。

「どうかしたのかね?」
吉羅からの声がかかるまで、彼の顔をじっと見つめていた。
31歳……か。
立派な、誰がどう見ても紳士の吉羅だ。
彼が大人だからこそ、香穂子はつり合いのとれるような服装やメイクを心がけてきた。
態度の厳格さや、ビシッと隙なく着こなしたスーツを含めた身なりを考えても、年相応だろうか。

吉羅の口調や言動は堅いので、実際の年齢以上に老けた人が喋っているように感じる時もある。
ただ、……香穂子をからかう場合限定で、茶目っ気と言うにはどぎつい冗談を飛ばしてくる。
そんな時は、いい歳をしているくせに大人げない……と呆れてしまう。


それにしても、つくづく吉羅は整った顔立ちをしていると思う。
漆黒の、ごく僅かな癖のある髪。
鋭さを帯びた、眼尻にかけて吊り上がった切れ長の瞳。
一文字を描く意思の強そうな眉。

まっすぐに伸びた鼻梁、やや薄めの引き締まった唇。
シャープな顔の輪郭線は、そのまま彼の生きる姿勢そのものを思わせる。

こうして二人きりで夕方から夜にかけて逢っていても、吉羅に言わせればデートではないのだろうか。
それならこの関係はなんなのだろうか。


「理事長。今までありがとうございました」
香穂子は食後のコーヒーを飲み干すと、席を立って深々と頭を下げた。
「今更、改まって。なんだと言うんだね?」
吉羅は笑いながら会計に向かう。

「理事長。ごちそうさまでした」
香穂子はまたもや頭を下げる。
ビル街のひっそりとした一角にあるレストランを出、歩いていた吉羅は香穂子の挙動を不審そうに眺めていた。
外は暗く、隙間的な緑地広場の人影はない。
夜の8時を過ぎていて、そろそろ帰らなければならない時刻だ。
「――こうして、二人で逢っていても。あなたは、これはデートじゃないとおっしゃるんですよね?」
香穂子の頬がひきつり唇は震えて、心臓は今にも爆発しそうなほど激しく脈打っている。
吉羅は黙っている。
一体何を言い出すのかと、香穂子の言い分を聞く姿勢をしている。
「でしたら、もう……こういう気分転換とか、暇潰しとかで、私を……相手にしてくださらなくて、結構です」

「……それは、どういうことなのかな?」
ゆっくりと、吉羅の唇から深い声音が洩れる。
染み入るような柔らかなトーンの、快い響きの声。
彼の何気ない視線にも、指先の微かな動きにさえ心が揺すぶられる。
こんなに惹かれているのに。
こんなにも好きなのに、今では彼の近くに置かれているのが苦しい。
――苦しい……。

「あなたと、二人で逢うことが……辛いんです。こんな風にされたら私じゃなくたって、女性なら誰だって勘違いをしてしまいます。自分は好かれているんじゃないのかって。……これは、恋人としてのデートなのかって。でも、そうじゃないなら、これっきりにしてください。コーヒーも、淹れに行くことだって……」

「……それも、したくないと……そう言うのかね?」
「わかってください。私、辛いんです。……好きな人に、夜とかに呼び出されて何度も何度も一緒にあちこち出歩いて。なのに、付き合ってないって言われて。挙句、デートじゃなくて暇潰しとか気分転換とかで呼びつけられて。ひどいです。あんまりだと思いませんか?」
屋上で天羽にそそのかされただけではなく、これは紛れもない彼女自身の本心からの激白だった。


胸の中に渦巻く吉羅への疑念とか、悔しさや悲しさをぶち撒けてしまった。
一度は気を取り直そうとして、彼の行動や態度をいいように解釈しようとしてみた。
だが、無理だった。
こんな中途半端な状態をほうっておかれて、暇潰しで顔を合わせるくらいなら、いっそのことずっと放っておいて欲しかった。


自分の好意を知っていながら、それに応えようとしてくれず、さりとてきっぱりと振られた訳でもない。
挙句に下手な希望を与えておいて、突き放してもくれないなんて。
いい大人が女子高生を弄んでいる……という天羽の指摘は、当たらずとも遠からずだ。


香穂子は泣きそうになるのをぐっと堪えていた。
しまったと思うよりも先に、辛い想いを抱え続けている苦痛に耐えきれない。
だから、私的に会う機会を断ち切ってしまいたかった。
彼の平然と澄ました容貌を眺めていることさえ、今では辛い。


「……すまないことをした。私が悪かった。君をそんな風に苦しめてしまったのは、私の責任だな。教育関係者が、聞いて呆れるというものだ」


あっさりと自分の非を認め、謝罪をした吉羅の言葉が意外過ぎて、香穂子はぽかんとして彼を見上げていた。
「確かに、暇潰しというのは例えが悪すぎたな。私自身の気分転換だけではなく、君自身の見聞を広げさせたいと……そう思って、コンサートや食事の場も、あれこれチョイスしたつもりでいたんだが」

そういえば、吉羅に連れて行ってもらった場所は、毎回のように多種多様なイベントを行っていたりした。
カウンターのお鮨屋さんの次には魚が好きかと訊かれて、水族館に連れて行かれた時には彼のユーモアに驚かされたし、意表を突かれた。
コンサートの演目だって、その時々の話題の曲や指揮者、演者を選んでくれていた。


「高校生の君の気持ちに、私は今すぐに報いるわけにはいかない。まして私は星奏学院の理事長であって、君は学院に通う現役高校生だ。真剣な男女交際の相手として君を選べば、――私自身の正気を疑われる結果になるだろう」
それは、もっともな理由だ。
以前のドライブで曖昧にぼやかされた回答より真摯な、納得のいく答えだと思った。



「男女の交際という括りでの付き合っている、というのとは、また違った形にはなると思うが。君は、私と同じくファータに執り憑かれた哀れな同士……と言うのかね。その意味も含め、私は君の行く末を見守らせて欲しいと思っている」
吉羅の答えに、香穂子は瞬きすら忘れて彼を見つめていた。



「……君は、有名なヴァイオリニストになる志はあるかね?それなら私は、今後もずっと君をサポートさせてもらうつもりだ」



有名なヴァイオリニストになれば、交際を考えてもいい。
そう示唆されていた。
曖昧な未来を描くことで告白を躱されたに等しい――
でも、今のそれは一歩踏み込んだ答えになるのだろうか。
有名なヴァイオリニストを目指す気持ちがあるなら力を貸してくれる、その先の未来を含め手助けをしてくれる。
それって……


「今日の演目についてだが……君は、気がついたかね?」
吉羅は少々照れた風に、香穂子から視線を外した。
「愛の喜び……それと。ジュトゥヴ。その曲から導かれる主題が、私の君への想いと解釈してくれたまえ」
それらの曲は、いずれも男女の恋愛に関する喜びを歌い上げた曲目だ。
愛情を交わす歓喜を素直に、真正直に綴った曲だった。

香穂子の体の奥が、とても暖かな明るい光で満たされていくような気がした。
喜びと精神的な高揚とが体を包み、全身が浮き上がるような感覚にとらわれていく。
彼の言葉が本当なら。
吉羅もまた、香穂子を恋愛対象として見てくれている。
その恋の感情を間接的に知らせるために、今日のこのコンサートを選んでくれたんだ……。


解けなかったパズルのピースが嵌まった……
とてもわかりにくく、回りくどいけれど、彼は自分の想いを知らせてくれた。


「……私の気持ちに報いてくれるのなら。都度、コーヒーを淹れに理事長室に来てくれないかね?無論、いつでも君の来訪を歓迎しよう。そして、この先もずっと私に君の奏でる調べを聞かせて欲しい。……そう願っているのだがね」


吉羅はどこか困ったような笑みを浮かべて、香穂子に視線を送っている。
海風が彼の髪や服を煽る。
香穂子は幸福感で胸がいっぱいになった。
これが吉羅の、現時点での香穂子への真意なのだろう。


「……はい」
香穂子は吉羅の方へ歩み寄った。
「今日は寒いな。……君は、手袋を持ってはいないのかね?」
香穂子の手を取った吉羅が、冷えている小さな掌をさすった。
その手を持ち上げると、白い手の甲に柔らかな彼の唇が触れた。


まるで、西欧の貴族男性が貴婦人に送るキスのようだ。
手の甲にだけれど、吉羅からいきなりキスを受けたことに彼女は驚いたが、物凄く嬉しくて卒倒しそうだった。
「……この手を、大事にしたまえ。送って行こう」
香穂子の掌を吉羅の手が優しく包み、彼の車へと導かれた。
(この項終わり)

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>たえワンさんへ
わ、私も驚愕しとりますwww
なんじゃこりゃあああ!前に温泉イベ漫画で私が描いた漫画と似た展開じゃんか!
とか…ほんと今回はびっくりしましたw
でも、新規の期間限定楽譜イベは追加されない…?
来月には理事長のお誕生日もあるし、モバコインを買うとコインがバックされるキャンペーンで思わず課金してしまいました。
2月には理事長が追加される予定のはずなので…でも、嬉しいけど…理事長攻略のために理事長楽譜を溜めておきますw
イベが終わったらあとでネタバレあり感想を、別ブログの方に書きます(*´Д`)
yukapi 2017/12/19(Tue)15:14:34 編集
プロフィール
HN:
yukapi
性別:
女性
趣味:
読書。絵を描くこと、文章を書くこと。
自己紹介:





なんだかいろいろと絵や漫画を執筆中。…吉羅理事長勝手ノベライズ+捏造小説他公開中.理事長ゆず風呂漫画3完成して一応完結しましたw





100万人の~をベースに現在の時系列で勝手ノベライズ&完全空想エロありエピソードを書いています。時に微エロ・ハードエロありですのでご注意を!







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