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Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」をベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載していました。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや勝手に楽譜イベ内容を補完した妄想小説を掲載中。R18小説・HコミックをDLSITEでダウンロード販売中。イラストや漫画も無料掲載中♪一部パスワードあり
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――今夜までに、この策定資料を仕上げなければ。
私は日野君にコーヒーを淹れてもらう傍ら、ひたすらにPCに向かって文書を練り上げる作業に没頭していた。
「ねえ、理事長。今夜の月はスーパームーンって呼ばれるそうですよ」
なんだそれは……どこかのアニメの主人公のような名称だな。
無粋な呼称だと思いつつ「それがどうかしたのかね」と、口先だけで彼女をあしらう。


昨晩が満月だったのだが、生憎の曇り空でよくは見えていなかった。
今夜は月が最も地球に接近し、大きくはっきりと見える。
その現象をスーパームーンと呼ぶのだそうだが、もう少し気の利いた名付けはできないものだろうか。
「で、スーパームーンがなんだって?」
作業中の手を止めて彼女の方に顔を向けるが、彼女は言葉を濁した後に、黙り込んでしまった。
多忙な時だからこそ、女性特有の拗ねたり愚図ったりという現象は苦手だ。
ただでさえ気持ちがささくれ立っている時に、変に絡まれては敵わない。
「言いたいことや、したいことがあるのならはっきり言ってくれたまえ」
こちらは超能力者でもなんでもないのだ、口に出して言わずにいる事柄を察知しろなどと無謀な要求は御免被りたい。

「お忙しいのはわかっています。でも、今夜は五分間だけ私にください――」
おやおや、随分と控えめな要求だ。
この状況を理解してくれているのはわかる。
今夜のうちにまとめねばならない文書を作成し、現在打っている文をその叩き台にはしておきたいのだ。
「――わかった。三十分ほど待っていてくれたまえ」
「はい」

私の叩き続けるキーボードの連続した音だけが、理事長室に響いている。
今は頭脳をフル回転させている時なので、下手なBGMも何も要らない。
ただ静かにそこに居てくれるだけ、それだけでいい。
彼女が傍に居ることすら忘れかけてしまうほど――静かだ。
時折彼女が読む本のページを繰る、紙の擦れる音の他には、部屋の中は静まり返っている。
最初こそ彼女は私の文章を打ち込むスピードに驚嘆していたが、そのうちに興味を失くしたようだ。
ああ、真面目に秘書が欲しい……
自分で何もかもをこなさなければならないのは、時としてオーバーワークとなり果ててしまう。
取り立てて有能でなくともいい、凡庸でいいから自分の仕事を代わりにこなしてくれる人材が居てくれたらいいのに。

弱気な思考が浮かんでしまうのは、やはり疲労がもたらしているのだろう。
――現実には有り得ない希望的観測を持つなどとは、くだらない。
そんな戯言は心の片隅に追いやり、ひたすらに目前の作業に没頭する――



――やっと一段落つきそうだ。
私は作業をやめて日野君の方に顔をやると、彼女も私の視線に気付いた。
腕時計の盤面の時刻は夜の八時を示そうとしている。
「これで大方の目処はついた。君を送って行こう」
なんとも言えない微笑を浮かべる彼女が、いじらしく思える。


私が駐車場の方へは向かわず、徒歩で正門に向かって行くのを見て彼女は車には乗らないのかと訊いてきた。
「せっかくの月を見るのならば、歩いて日野君の家まで送って行くよ」
手も繋がず、腕も組まずに肩を並べて歩く。
夜空に浮かぶ星々と、望月から一日経ってほんの僅かに欠けた月を眺めながら。

ゆっくりと歩く彼女に合わせて、秋の気配を伝えてくる夜風に吹かれながら足を運ぶ。
ちょっとした散策気分を味わいつつ、彼女の住居までの約一kmを歩いて行く。
今は暑くもなく寒くもなくて、昼間よりも少し冷えた夜気が心地いい。
「――あ、すごい。きれい……」
月の周囲が薄い雲に覆われ、その丸い輪郭が光でぼやけたように滲んでいく。
月光を丸く囲むようにして現れた複雑な色合いが、まるで円形の虹のように広がって見える……
「……ああ。虹のようだな……」
暫し足を止めて、その幽玄な現象に見入るために道の端に佇んだ。


雲が厚くなり、月の姿を覆い隠す頃に再び歩き出す。
「――昨日は十五夜だが、今夜はなんと言うか知っているかね?」
気の利いた教師ならばその手の説明があるやも知れないが、相手はあの金澤さんだ。
おそらくは風流ごとに関する話題など出しはしていまい。
「いえ、わかりません。……十五の次は十六だけど……?」
「十六夜と書いて、いざよい、と読むんだ」
「十六夜……素敵な響きですね。今初めて知りました」
やはり知らなかったか。
花鳥風月、四季折々の事象に触れて感性を磨くのは彼女のために他ならない。
「せっかく、日本古来からの美しい言葉があるのだからね。無粋な外来語で表現されては興醒めというものだ」
「そうですね。私もそう思います」


――そうしているうちに、日野家の門前まで辿り着いた。
「じゃあ……。あの、今日は嬉しかったです」
月見の散歩が嬉しいなどとは、ずいぶんとささやかで可愛らしい望みだ。
そんな彼女にとある言葉をかけたくなってしまった。
「今日は、月が本当に綺麗だったね」
「……ええ。そうですね」
言いながら、彼女は首を傾げている。
やれやれ、これも通じないか。
私は苦笑を浮かべつつヒントを与えることにした。
「月が綺麗ですね、の語句で検索してみたまえ」
「あ、ちょっと……」

引き止めたがる彼女の言葉を背に小さく手を振り、私は学院の方へと踵を返した。
ここで全ての種明かしをしても面白くない。
後は彼女自身で、答えを引き当ててもらわなくては。



今頃はさぞ驚いているか、慌てているだろう彼女の反応を思うと、いつしか唇が笑いの形を描いているのに気付く。


――何気ない日々の、変わりゆく季節の移ろい。
小さなことでも共有できる相手がいるというのは、悪くはないものだ。

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>とりあえず君へ
「月がとても綺麗ですね」=I love youの婉曲な表現というのは面白いね。
さすがは文豪漱石、抜群のセンスを窺わせるエピソードだね。
案の定日野君は知らずにいたようだが、検索後の彼女は一体どんな表情をして反応していたのか。
それを考えるとなんとも言えないね。

月を見たいがための夜歩きを希望とは、ずいぶんとささやかで控えめな要望だったので、逆に
こちらが驚かされたよ。

さすがに学院の周辺でもある彼女の住まいの近くでは、手を握ったり肩を抱くのも憚られる。
プラトニックに徹して、指一本さえ触れない夜もたまにはいいものだ。

こういうシチュエーションを気に入ってもらえたのなら、私も喜ばしいね。
――いつか手を繋ぐ時が来るかは、まあ今後の状況の推移次第だろうか。
それではおやすみ、よい夢を。
吉羅暁彦 URL 2014/09/16(Tue)00:52:33 編集
プロフィール
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yukapi
性別:
女性
職業:
イラストレーターみたいなもの 自営
趣味:
読書。絵を描くこと、文章を書くこと。
自己紹介:





なんだかいろいろと絵や漫画を執筆中。…吉羅理事長勝手ノベライズ+捏造小説他公開中.理事長ゆず風呂漫画3完成して一応完結しましたw





100万人の~をベースに現在の時系列で勝手ノベライズ&完全空想エロありエピソードを書いています。時に微エロ・ハードエロありですのでご注意を!







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