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Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」をベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載していました。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや勝手に楽譜イベ内容を補完した妄想小説を掲載中。R18小説・HコミックをDLSITEでダウンロード販売中。イラストや漫画も無料掲載中♪一部パスワードあり
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――入りたまえ。
イブの夜だというのに何をしているのかって?
決まっているだろう、仕事をしているんだよ。
当然明日のクリスマスも仕事だ。
それが何だと言うのかね?
君の父親も、母親も普段通りに自分のなすべき職務を遂行しているのではないかね?

――いつも目つきはよくないが、今日は一層険しい表情に見えるって?
眉間に皺が寄っている?
……目つきがよろしくないのは君に指摘されるまでもなく自覚しているが、皺が……ね。
口元も……いつにも増して、不機嫌そうに見える?
そんなに私は、世を拗ねたような表情をしていると言うのかね?
――ふむ。




――そういえば、そうだな。
そろそろ空腹を覚えてきた頃合だ。

――ほう、これは……
七面鳥の腿焼きか、本格的だな。
ああ、クリスマスの本場の欧米では七面鳥のグリルが一般的なんだがね。
どういう訳か日本では鶏の唐揚げになっているのは、まあひとえに企業努力の賜物なんだろうがね。
七面鳥と比べれば、随分と格下げにされているのはあまり感心できたものでもないな。

……一緒に食べようって?
ああ、少し待ちたまえ。
テーブルに……そう、それらを置いてくれたまえ。


そして、そうだな。
今日は貰い物の菓子と、スープがあるんだが。


――ん?
ああ、七面鳥はなかなかの味だよ。
君が作ってくれたのだろう?
あまり人が食事している場面を、じっと見つめるものではないよ。
私が骨付き肉にかぶりついているのが、そんなに物珍しいのかね?
――まあ、学院理事長なんてものは、君ら生徒には一種の珍獣のごとき存在だろうがね。



プレゼント……?

……なに?
続きは、明日の夜に漫画でお送りするだって?
あまりのくだらなさに文句を言わないようにって?
一体何をくれるつもりなのか、非常に気になるのだが…まあ、では明日の夜を楽しみにするとして、今は君との食事を楽しむとするか。


……仕事漬けのクリスマスイブというのも、存外と悪くはないものだな。


(続く。待っていてくれたまえ)
(顔が険しいのは100コル終了の噂と、腹痛に喘ぐ作者の心情なんだそうだ)

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――まさか、自分を男女交際の対象として考えたことはないと言い切られるとは思ってもいなかった――
香穂子は、告白をした直後の吉羅の言葉に打ちひしがれていた。
決死のつもりで勇気を振り絞った一言。
「――私たちって、付き合ってるんでしょうか?」
返ってきた言葉はあまりに予想外だった。

「現に、こうして食事に付き合ってもらっているが」
とぼけたような、きょとんとした表情の吉羅に言い放たれた。
「あの。そういう意味じゃなくって……」
もじもじと口ごもった香穂子は、そんな風に吉羅がとぼけるとは思わなかったので、次になんと言えばいいのかわからなくなった。

「その、付き合うじゃなくって。あの……」
恋人なのかと訊きたい。
でも、一回り以上の年齢差のある自分たち二人を恋人と認識していいものなのか。
現状ではそう受け取っても仕方ないと思う。
だって、彼は夜に昼にしょっちゅう香穂子を呼び出しては食事に誘ったりコンサートに連れ出したりする。
まるっきり恋人のするようなデートをしておいて、まさか無関係などとは言われまい。
希望と期待と不安、恐怖の入り混じった気持ちで、香穂子は捨て身の疑問を吉羅にぶつけた。

「恋人と、して。それで付き合っているのかと、そういう意味で……」
唇が震えていく。
もう顔を上げていられない。
まともに彼の顔を見ることさえできない。

「――ああ、そういう意味での付き合いか。……考えたこともなかった」

あっけらかんと言い放たれた、無情な言葉。
彼にとっては、自分は恋愛対象だなどと思われたことさえなかったのか。
何かで頭を強く殴りつけられたような衝撃を受けて、香穂子はうつむいていた。
そんな彼女の様子を少しは気にしたのか、吉羅が慰めめいた?ことを口に出した。

「――まあ、君が私よりも年上になるか……」
またそんな、笑えないオヤジギャグを飛ばす。
若いくせに妙におっさん臭い冗談を時々言うんだから。
半ば呆れて頭の中で突っ込みつつも、香穂子は彼の発言の続きを待っていた。
二人きりのドライブデート、海辺のレストランに向かう途中の海岸沿いの道。
ムードたっぷりのはずがどうしてこうなる。
「学校法人を統括する文部科学省のお役人になるか、――有名なヴァイオリニストになるか。そうなれば、考えないこともないよ?」


香穂子の表情を確かめるように笑いかける吉羅の笑顔は、いつもの皮肉交じりのそれではなくて、――ドキッとするほど魅力的だった……
厳しい印象のある吊り上がり気味の鋭い瞳は、何故かかなり柔らいでいる。
僅かに困惑したような目をしているけれど、唇にははっきりと笑みが浮かび整った薄めな口唇は弧を描いている。
今の彼からは、普段の厳格さだとか頑なさは感じられず――そう。
リラックスして砕けた雰囲気が漂っている。

相対する人を緊張に導く、どこかしら張りつめていた態度が今は緩んでいる。

「――さあ、では食事に行こうか」
車を発進させた彼は、言葉少なになった。
香穂子も同様だった。


その後は、どんな会話をしたのかもうろ覚えだ。
彼に恋人なのかと問い掛けた際のやりとりを、香穂子は幾度も繰り返し反芻していた。
彼は自分を恋愛感情も持てない小娘と切り捨てたわけじゃない。
今からずっと先の未来に期待をかけていると言ってくれたんだ。
――ふざけた、極めて困難で不可能な二択を除けば、残されたのは現実に近い一択。

有名なヴァイオリニスト――
有名な……。
それって、音楽関係はもちろん、一般人にも知られる程度を指すのだろうか。
女流ヴァイオリニストで有名な人といえば、香穂子でも沢山知っている。
演奏の巧拙にまで彼が言及しなかったのは、一種の救いと言えるかもしれない。
有名であっても、アクの強いキャラクターや癖のある奏法のソリストだって散見されるし。
極端に言えば、下手で有名なのだって……


……考え込んでいてもどうにもならない。
お世辞など絶対に言わない吉羅が褒めてくれる、感情面の表現を伸ばしていこう。
見込みのない人間の尻を叩いたり、励ますような人じゃない。
彼は香穂子に伸びしろがあると期待をかけてくれるから、こうやってあれこれ激励したり、息抜きと称してはあちこち連れ出してくれるのだ。

思えばおかしな話だ。
彼ほどの資産家であり実業家で、頭脳明晰で容姿端麗な男性なら、いくらでも寄ってくる女性はいるはずだ。
態度や言葉尻が冷たいとか厳格なきらいはあるけれど、それを差し引いても、彼がその気になれば、親しく交際できる女性は五指、いや十指に余るだろうに。

天気のいい日曜日にわざわざ女子高生の自分を食事に誘う。
つまり吉羅には交際相手はいない。
おまけに仕事の合間に特にすることはなく、暇つぶしと言いながら女子高生をからかいに車デートに誘いに来る……
……もしかして、彼ってよく考えたら仕事の時間以外って……暇人?

そこまで考えると、香穂子はおかしくなってくすりと笑った。
決して無謀な望みじゃない。
いつか手の届くところへ目標を置き、そこへ引き上げようとしてくれているんだ。
絶望するのはまだ早すぎる。
そう、私たちの関係は始まったばかりなんだ。

――有名なヴァイオリニスト。
有名な。
それってどんなレベルだろうか?

翌日の放課後。
人気のない屋上で、香穂子は天羽にそれとなく訊いてみた。
「ん~?有名って言えば、ほら。子供のDSを壊して炎上した高島ちさ子とか。あと、ストラディバリで演奏した人……なんてったっけ。あの、ほら千住真理子さんとか。あと五島みどりさんなら、全然クラシックに詳しくないあたしでも知ってるけどさ」
そうだよね。
やっぱりそのレベルになるよね。
というかそれって知名度は凄まじいけど、高島さんは炎上で更に有名になっちゃった感じだし。
一緒にいた冬海が天羽の隣で発言した。
「あ、あの……先輩、有名な女性ヴァイオリニストから何か学べってことなんでしょうか?」


……鋭い、冬海ちゃん。
まさかほんとのことなんて言えない。
そう、理事長が付き合うための条件として、有名なヴァイオリニストになれと言ってきた、などとは――

「日野ちゃんもようやく有名になりたいとか、そんな風に思ったんだ?」
ぐぐっ。
天羽はもっと鋭く核心を突いてきた。

「や、その。なんて言えばいいのかな。その。えと……」
天羽がにやにや笑いを香穂子に向けながら距離を詰めてくる。
「もう、ほんと日野ちゃんって嘘つけないんだから。いいから、いいから。何かあったんだって丸わかりだよ?この場限りでの秘密にしとくから。ほれ、言ったんさい!」


天羽に押し切られる形で、香穂子はこれまでの理事長との微妙な、曖昧すぎる関係を話してみた。


途中まで天羽は驚いたり突っ込みを入れてきたりしたが、付き合うための条件を突き付けられた辺りから、明らかにムッとした表情で口を噤んだ。

一通り聞き終えると、天羽は激しい怒りを隠さずにまくし立てた。
「あんの傲慢男おおお!乙女の純情を弄びよって、淫行野郎があああ!!」

「ちょ、ちょっとちょっと天羽ちゃん!人聞きの悪い、なにもそんな……」
弄ばれてもいないし、ましてや淫行に値する行為なんか何一つないと言うのに。
「淫行じゃないにせよ、じゃあ言葉変えて陰険男って言わせてもらうわ!なによ、ちょっとばかり金持ちで見た目がいいからって、一回り以上年下の花も咲き頃お年頃の乙女にちょっかいかけるだけかけて、付き合ってないだあ?ふざけんじゃないっつうのお」
天羽の怒りは収まる様子はない。

「昼間とか夜とか、食事にも何度も誘われて。コンサートも、昼も夜も出かけて。回らない高級カウンター寿司で時価のお寿司食べて、水族館にも連れてかれて。それってデートとしか言えないよ?デートってのは、お互いに好意のある男女で一緒に出掛けるってことなのよ。それをデートじゃなく、食事につきあってもらっただけとか。なんなのよそれ?」
天羽は冬海の方を向いて、同意を求めていたので冬海も賛同した。
「そ、そうですね。それって、あの。恋人同士のデートだと、私も思います……」

「大体、そういう論理じゃあさ。理事長の言葉通りに解釈すれば、Hまでしたとしても、『ベッドにつきあってもらっただけ』って逃げる口実になるよ!」
「ちょ……そ、そんな……」
「理屈としてはそうでしょ?ちょっと変だけど理事長流の屁理屈なら、そうなるわけよ」
ベッドに、の辺りで純情乙女たちは水を打ったように静まり返った。


吉羅とのそういう場面が頭に浮かびかけて、香穂子は頭を小刻みに振った。
そんな。
そんなことは、まさか……。
発言者の天羽自身も、過激な発言を振り返って言い過ぎたと思ったのか黙りこくっていたが、咳払いをして話を続けた。

「日野ちゃん、あんたはもっと怒ってもいいのに。なんでなのかねえ……あんたの周りにはあまたのイケメンが集ってるっていうのにさ。しかも、同い年の天才くんから兄貴系、可愛い年下中坊、髭面だけど身なり整えれば見れるおっさんまでゴロゴロしてるってのにさ」
ため息をつく天羽は、やれやれといった感じで香穂子に視線を送った。


天羽と冬海にはこの場限りでの話にして欲しいと言っていると、ちょうど香穂子の携帯が吉羅からのメール着信を知らせた。
『もし今時間があるのなら、コーヒーを淹れてもらえないかね?』
――その文字列を見ただけで、あの人の言葉だと知っただけで。
胸が痛くなるような甘く鳴るような、奇妙な感覚が混じりあって香穂子を揺さぶった。

「なんだって?理事長でしょ?懲りずにデートに誘ってきたとか?」
「う、ううん。時間があればコーヒー淹れに来て欲しいって」
「日野ちゃんは今大事な話をしてる最中。つまり時間は、ない。行かなくていいよ、そんなん!断れ!つか、無視しちゃいなよ!そんなのでいちいち尽くしちゃってるから、あっちも調子に乗るのよ。思い知らせてやりゃいいわ、あのロリコン男め!」


「でも、ただコーヒー淹れてるだけなのに。これって尽くしてるってことになるのかな……?」
「当り前よ!考えてもみなよ、相手は三十路過ぎの独身男で、かつ学院理事長なわけよ。逆らえない立場を利用して、日野ちゃんを特別扱いして、可愛い日野ちゃんからわざわざコーヒー淹れさせてるわけ。これってパワハラだよ?考えてみな?これが金やんとか、他の先生が相手だとするよ?立場的にまず~い絵面になると思わない?」
これで断ったとして。
無視して理事長室に行かなかったからといって、吉羅が動揺したりするはずもないと思う。
それどころか、小手先の駆け引きをしようとしてるのを見透かしているんじゃ……

「いい?日野ちゃん。あんた、ショック受けたでしょ?付き合ってないってはっきり理事長に言われて悲しかったでしょ?でもって、付き合うための条件まで出されちゃって。有名なヴァイオリニストになるんだったら、まずコンクールやコンテストにいっぱい出てみることよ。そんで入賞するの。あたしもジャーナリストとして、親友として応援してるからさ!日野ちゃんが有名になりたいんだったら、その協力は惜しまないつもりでいるからね」

不意に屋上のドアが開くと、ダークスーツの長身の男が姿を現した――

素早く香穂子を見つけると、彼女の方に歩み寄ろうとしてくる。
そうはさせじと天羽が香穂子の前に立ちはだかり、吉羅の接近を阻もうとして両手を大きく広げて彼女を庇った。
「日野ちゃんは今忙しいんです。邪魔しないであげてくださいっ」
吉羅の視線は天羽など素通りして、香穂子の方に注がれている。
「……ほう。見ると、演奏はしていないようだが」
「演奏してなくたって、曲想を練るとか、たまにはじっくりと考える時間だって必要ですよね?それくらいわかりませんか?」
天羽の刺々しい物言いと、吉羅のやや不機嫌そうな表情とを見比べて冬海はおろおろしていた。
香穂子は吉羅に背を向けている。


「……わかった。どうやら取り込み中のようだね。機会を見て、出直すとしよう」

吉羅が屋上から立ち去ると、天羽は時計を確かめた。
そして笑い出した。
「ねえ、日野ちゃん!さっき理事長からコーヒーのメールもらって、十分ちょっとしか経ってないよね?……十分も待てなかったんだね、理事長」
香穂子も携帯でメール着信の時間と、現在時刻とを確かめてみた。
確かにほんの十数分しか経過していない。


「無視した効果あったんじゃない?わざわざ屋上まで来るってことは理事長、よっぽど日野ちゃんにコーヒー淹れて欲しかったに決まってるよ」
「そうかなあ……」
「そうだよ?これ、何日か続けてみなよ。さしもの理事長ももっと動揺するかもしれないよ?そうして、ね……」
天羽は香穂子に耳打ちした。

その後二日間ほど、香穂子は理事長室への訪問はしなかった。
呼び出されるのは放課後のことが多い。
そういえば彼が放課後に学院の中にいる以外は、仕事で外回りに行っていることが多い。
帰り際に険しい表情をしていたり、疲労を隠せないでいたり。
詳しいことはわからないけれど、理事長というのは学院の全ての責任を負う立場なのだから、校長や管理職とは全然違った重圧があるのだろう。

週末、金曜日の夕方。
もうすぐ日が暮れようとしている頃、香穂子は久々に吉羅にコーヒーを淹れた。
その合間に彼はずっとPCに向かって素早いキータッチ音を響かせている。
ふう、と大きな溜息が彼の唇から洩れた。
香穂子が差し出すコーヒーを、彼は「ありがとう」と言いつつ受け取る。
ほんの僅かな、だが彼との大事な時間。
この時、彼はいつもは見せない穏やかな微笑みを浮かべているのだが、当人の吉羅はどうやら気づいていなさそうでもある。


「――日野君。急なんだが、明後日の夜にコンサートがあるんだ。君の勉強にもなるから、行ってみないかね?」
「――はい」
「では、明後日の17時頃にお宅に迎えに行くよ」



夕刻前。
香穂子はいつになく大人びた服装にして、化粧も施した。
体の線の浮き出るワンピースにドレスアップした姿を見て、彼はなんと言ってくれるだろう。
門の前に立っていると、吉羅が黒の外車に乗って迎えに来た。
内側から助手席を開けてくれる彼に応じて、滑り込むように彼の隣に座る。
最初の一回や二回目は戸惑っていたが、三回を過ぎればいつしか習慣になり変わる。
まるでこうするのが当たり前かのように思うほど、幾度も彼に誘われてドライブをしてきた。


「今日は、ずいぶんとおめかしをしてくれたんだね」
香穂子の方を見もせず、まっすぐに前を向いたまま吉羅が呟くように言った。
「おかしいですか?」
「おかしくなどないよ。……女性が、自分に逢うためにドレスアップしてきてくれるのを、厭う男などいないと思うがね」
「どうせ、馬子にも衣装とかって言うんでしょう?」
吉羅はそれには答えず、低い笑い声を立てた。


「昔、……そうだな。18世紀半ばから近現代に移行する頃の話だ。バッハが西洋音楽の一大理論体系をまとめ上げた頃。音楽の父と称される偉大なバッハでさえ、彼は王宮や貴族に雇われた、宮廷楽士という存在だった」
いきなり何を言い出すのかと、香穂子は驚きながらも彼の講釈に聞き入っていた。

「つまり、バッハは所謂雇われ職人的な立ち位置だった。彼を雇用する貴族や王族に対する礼儀として、礼装をして演奏をするようになった。というよりも、元はただの町の楽士にすぎない彼の身分は平民だった。なので、貴族の礼装をしてカツラを被らねば宮廷への出仕ができない。
――それが、現在のクラシック奏者が身に纏う礼装や、準礼装の由縁ともなる逸話らしいね」
吉羅は何を言いたいのか、ちらりと香穂子に視線をやった。
「奏者がそうしてドレスアップしているのだから、聴衆としても奏者に敬意を払い、ある程度改まった装いをする。……それは、マナーでもあり、一種の礼儀作法でもある。自分は、あなたをおろそかにはしていないという意思表示でもあるね」

ここまで聞いてやっと話の脈絡が繋がったが、吉羅の真意はなんなのだろうか。
この人は、何か本心を隠す時や本心を吐露したいのにできない時、やたらと饒舌になると思う。
あるいは隠していた本音を漏らした時か。
音楽にその身を擲った姉を亡くした怒りを、悲しみを香穂子にぶつけたあの時のように。

吉羅が連れてきてくれたコンサートなのに、その主題がなかなか頭に入ってこなかった。
彼が車の中で話してくれた、とても婉曲な例え話の意味を追うことで精一杯だった。
けなしてはいないし、回りくどく褒めてくれたのだと思えるが。

ああ、わかりにくい。
どうしてこんな複雑な男に惹かれるんだろう。
なんてわかりにくいんだろう。
でも、そんな彼の心の裡を少しでも知りたい。
ゆっくりと、だが着実に心を開いてくれているのは間違いない。
「人の顔を覚えないタチだ」なんて、人を馬鹿にしているとしか思えない無礼な言動をぶつけてきた初秋の頃とは、えらい違いだ。
反復してあちこちへのデートを繰り返している、その行動が彼からの好意なのだと思っていた。
そう信じていたかった。
例え、はっきりと言葉で表明してくれなくても。


……でも……。
乙女としては、好きな男性に告白したのに、その返答がうすらぼんやりといなされた形で終わってしまったのが、悔しい。
天羽に耳打ちされていた、あの「作戦」を決行するには今が最大のチャンスなのだ。
密かに決意を固めていた香穂子は、いつどうやって話を切り出そうかと考え込んでいた。

食事の場に移動して、コンサートの内容や音楽についての話題が出るが香穂子は上の空気味になっていた。

「どうかしたのかね?」
吉羅からの声がかかるまで、彼の顔をじっと見つめていた。
31歳……か。
立派な、誰がどう見ても紳士の吉羅だ。
彼が大人だからこそ、香穂子はつり合いのとれるような服装やメイクを心がけてきた。
態度の厳格さや、ビシッと隙なく着こなしたスーツを含めた身なりを考えても、年相応だろうか。

吉羅の口調や言動は堅いので、実際の年齢以上に老けた人が喋っているように感じる時もある。
ただ、……香穂子をからかう場合限定で、茶目っ気と言うにはどぎつい冗談を飛ばしてくる。
そんな時は、いい歳をしているくせに大人げない……と呆れてしまう。


それにしても、つくづく吉羅は整った顔立ちをしていると思う。
漆黒の、ごく僅かな癖のある髪。
鋭さを帯びた、眼尻にかけて吊り上がった切れ長の瞳。
一文字を描く意思の強そうな眉。

まっすぐに伸びた鼻梁、やや薄めの引き締まった唇。
シャープな顔の輪郭線は、そのまま彼の生きる姿勢そのものを思わせる。

こうして二人きりで夕方から夜にかけて逢っていても、吉羅に言わせればデートではないのだろうか。
それならこの関係はなんなのだろうか。


「理事長。今までありがとうございました」
香穂子は食後のコーヒーを飲み干すと、席を立って深々と頭を下げた。
「今更、改まって。なんだと言うんだね?」
吉羅は笑いながら会計に向かう。

「理事長。ごちそうさまでした」
香穂子はまたもや頭を下げる。
ビル街のひっそりとした一角にあるレストランを出、歩いていた吉羅は香穂子の挙動を不審そうに眺めていた。
外は暗く、隙間的な緑地広場の人影はない。
夜の8時を過ぎていて、そろそろ帰らなければならない時刻だ。
「――こうして、二人で逢っていても。あなたは、これはデートじゃないとおっしゃるんですよね?」
香穂子の頬がひきつり唇は震えて、心臓は今にも爆発しそうなほど激しく脈打っている。
吉羅は黙っている。
一体何を言い出すのかと、香穂子の言い分を聞く姿勢をしている。
「でしたら、もう……こういう気分転換とか、暇潰しとかで、私を……相手にしてくださらなくて、結構です」

「……それは、どういうことなのかな?」
ゆっくりと、吉羅の唇から深い声音が洩れる。
染み入るような柔らかなトーンの、快い響きの声。
彼の何気ない視線にも、指先の微かな動きにさえ心が揺すぶられる。
こんなに惹かれているのに。
こんなにも好きなのに、今では彼の近くに置かれているのが苦しい。
――苦しい……。

「あなたと、二人で逢うことが……辛いんです。こんな風にされたら私じゃなくたって、女性なら誰だって勘違いをしてしまいます。自分は好かれているんじゃないのかって。……これは、恋人としてのデートなのかって。でも、そうじゃないなら、これっきりにしてください。コーヒーも、淹れに行くことだって……」

「……それも、したくないと……そう言うのかね?」
「わかってください。私、辛いんです。……好きな人に、夜とかに呼び出されて何度も何度も一緒にあちこち出歩いて。なのに、付き合ってないって言われて。挙句、デートじゃなくて暇潰しとか気分転換とかで呼びつけられて。ひどいです。あんまりだと思いませんか?」
屋上で天羽にそそのかされただけではなく、これは紛れもない彼女自身の本心からの激白だった。


胸の中に渦巻く吉羅への疑念とか、悔しさや悲しさをぶち撒けてしまった。
一度は気を取り直そうとして、彼の行動や態度をいいように解釈しようとしてみた。
だが、無理だった。
こんな中途半端な状態をほうっておかれて、暇潰しで顔を合わせるくらいなら、いっそのことずっと放っておいて欲しかった。


自分の好意を知っていながら、それに応えようとしてくれず、さりとてきっぱりと振られた訳でもない。
挙句に下手な希望を与えておいて、突き放してもくれないなんて。
いい大人が女子高生を弄んでいる……という天羽の指摘は、当たらずとも遠からずだ。


香穂子は泣きそうになるのをぐっと堪えていた。
しまったと思うよりも先に、辛い想いを抱え続けている苦痛に耐えきれない。
だから、私的に会う機会を断ち切ってしまいたかった。
彼の平然と澄ました容貌を眺めていることさえ、今では辛い。


「……すまないことをした。私が悪かった。君をそんな風に苦しめてしまったのは、私の責任だな。教育関係者が、聞いて呆れるというものだ」


あっさりと自分の非を認め、謝罪をした吉羅の言葉が意外過ぎて、香穂子はぽかんとして彼を見上げていた。
「確かに、暇潰しというのは例えが悪すぎたな。私自身の気分転換だけではなく、君自身の見聞を広げさせたいと……そう思って、コンサートや食事の場も、あれこれチョイスしたつもりでいたんだが」

そういえば、吉羅に連れて行ってもらった場所は、毎回のように多種多様なイベントを行っていたりした。
カウンターのお鮨屋さんの次には魚が好きかと訊かれて、水族館に連れて行かれた時には彼のユーモアに驚かされたし、意表を突かれた。
コンサートの演目だって、その時々の話題の曲や指揮者、演者を選んでくれていた。


「高校生の君の気持ちに、私は今すぐに報いるわけにはいかない。まして私は星奏学院の理事長であって、君は学院に通う現役高校生だ。真剣な男女交際の相手として君を選べば、――私自身の正気を疑われる結果になるだろう」
それは、もっともな理由だ。
以前のドライブで曖昧にぼやかされた回答より真摯な、納得のいく答えだと思った。



「男女の交際という括りでの付き合っている、というのとは、また違った形にはなると思うが。君は、私と同じくファータに執り憑かれた哀れな同士……と言うのかね。その意味も含め、私は君の行く末を見守らせて欲しいと思っている」
吉羅の答えに、香穂子は瞬きすら忘れて彼を見つめていた。



「……君は、有名なヴァイオリニストになる志はあるかね?それなら私は、今後もずっと君をサポートさせてもらうつもりだ」



有名なヴァイオリニストになれば、交際を考えてもいい。
そう示唆されていた。
曖昧な未来を描くことで告白を躱されたに等しい――
でも、今のそれは一歩踏み込んだ答えになるのだろうか。
有名なヴァイオリニストを目指す気持ちがあるなら力を貸してくれる、その先の未来を含め手助けをしてくれる。
それって……


「今日の演目についてだが……君は、気がついたかね?」
吉羅は少々照れた風に、香穂子から視線を外した。
「愛の喜び……それと。ジュトゥヴ。その曲から導かれる主題が、私の君への想いと解釈してくれたまえ」
それらの曲は、いずれも男女の恋愛に関する喜びを歌い上げた曲目だ。
愛情を交わす歓喜を素直に、真正直に綴った曲だった。

香穂子の体の奥が、とても暖かな明るい光で満たされていくような気がした。
喜びと精神的な高揚とが体を包み、全身が浮き上がるような感覚にとらわれていく。
彼の言葉が本当なら。
吉羅もまた、香穂子を恋愛対象として見てくれている。
その恋の感情を間接的に知らせるために、今日のこのコンサートを選んでくれたんだ……。


解けなかったパズルのピースが嵌まった……
とてもわかりにくく、回りくどいけれど、彼は自分の想いを知らせてくれた。


「……私の気持ちに報いてくれるのなら。都度、コーヒーを淹れに理事長室に来てくれないかね?無論、いつでも君の来訪を歓迎しよう。そして、この先もずっと私に君の奏でる調べを聞かせて欲しい。……そう願っているのだがね」


吉羅はどこか困ったような笑みを浮かべて、香穂子に視線を送っている。
海風が彼の髪や服を煽る。
香穂子は幸福感で胸がいっぱいになった。
これが吉羅の、現時点での香穂子への真意なのだろう。


「……はい」
香穂子は吉羅の方へ歩み寄った。
「今日は寒いな。……君は、手袋を持ってはいないのかね?」
香穂子の手を取った吉羅が、冷えている小さな掌をさすった。
その手を持ち上げると、白い手の甲に柔らかな彼の唇が触れた。


まるで、西欧の貴族男性が貴婦人に送るキスのようだ。
手の甲にだけれど、吉羅からいきなりキスを受けたことに彼女は驚いたが、物凄く嬉しくて卒倒しそうだった。
「……この手を、大事にしたまえ。送って行こう」
香穂子の掌を吉羅の手が優しく包み、彼の車へと導かれた。
(この項終わり)

拍手[5回]

こないだの6周年記念のお話、吉羅理事長…悪役が似合いすぎです(*´Д`)
というわけで遅まきながら…とても不穏なお話を妄想して勢いで書いている次第です。
これはそのワンシーン。
この後彼女がどうなるかは…推して知るべし!


お絵描きツールが新しく加わってから、絵を描きたくてたまらなくなってしまいました…
さすがwacomすげえええ!!もっと色んな絵を描きたいです…

拍手[1回]

理事長の画像、スマホからだと上半身の胸板過ぎで脇あたりまで出るんですよね~
どうせならたまには全身出さんかい!
と思ったので今20分くらいで落書きした理事長の全身図。ちゃんと八頭身になってるかな~


モデル立ちさせたのはいいが右手が手持ち無沙汰そうなので…処理中の書類を持たせました。

時間の経過とともに変わる理事長の9種の言葉、そして真顔理事長、斜め顔理事長、微笑理事長と一緒に変わるあれ……結構励みにしてたんですよね… (´;ω;`)

励ましの言葉が全て消えてしまった……
リニューアルなんかしなくていいから、せめて旧レイアウトでもいいように選択肢残してくれよ!
悪評高かったWin10への無償アプデの執拗な誘いだって、ユーザがアプデしないように自己防衛していればWin10にさせずに済んだんですよ。
ソシャゲでしかもオンラインだと強制的に全面運営のなすがままでしかないというのは納得できません。
ソシャゲとダウンロード販売ゲームとの性格差だと言ってしまえばそれまでなのでしょうけれど。
せめて課金ユーザーには相応の見返りが欲しいです。


消えてしまった言葉に文句を言っても絶対復活の目はないと思うので、脳内で理事長の言葉を補完しようかと思い立ちました!

朝~午前中

「早い登校だね。それはいいが練習にあまり根を詰めすぎないように、適宜休憩したまえ」
「おはよう。朝食はしっかりと摂ってきたかね?一日の始まりは何より肝心だ」
「ああ、日野君。忘れ物などはなかったかね?……それならいい。しっかりと勉学に励みたまえ」

お昼~午後
「昼食はしっかり摂ったかね?ほう、今日は君の手作りの弁当か。なかなか感心だね」
「一日はまだこれからだ。集中力を保てるようにしっかりと励みたまえ」
「今日、放課後に時間は空いているかね?コーヒーを淹れに来てもらえると助かるんだが」

放課後~夜
「君の淹れてくれるコーヒーは何故かいつも美味しく感じられるな。何故なのだろうね?」
「今日の練習はどうだったかね?あとはもうゆっくりと休みたまえ。休養も大事だからね」
「今日は疲れただろう、ご苦労様。よかったら送って行こう。ああ、寄り道をしてもいいかね?( ̄ー ̄)ニヤリ」

夜以後?そりゃもうあーしてこうしてあばばばばば



…妄想が過ぎました。どうでもいいけどPCからだと明暗差と、反転文字とで目が痛い。
スマホからだと明度を落としてPCほど目のダメージを負わないよう自己防衛しています。
が、所持楽譜さえわからなくて、ユーザビリティを無視されているなと思います。
100コル運営はユーザーを疲弊させて引退させたいのかな?ゲーム自体無くなりかねないくらいの失策に次ぐ失策、改悪に次ぐ改悪の連続だと思いますが…
有償で買うバレンタインとホワイトデーの仕掛けにはなかなか感心させられましたが…肝心なモバ100コル運営がグダグダすぎて、ねぇ…もう……

紅茶、茶葉そのものだったのでまだ飲んでません。何度も言うけど理事長がコーヒー党なんだからコーヒーがよかったです(´・ω・`)
あとプラチナチケか相応の楽譜があれば総額五千円でも買ってました。理事長だけは。

理事長脱がせたりとかいろいろ考えたんですが描いている時間がないので、それではこの辺で(´・ω・`)

拍手[3回]

――香穂子は、音楽科の制服を着て校内を歩いていた。
いつものように練習場所を確保しようとしているのに、なぜだか違和感がある。
夢の中を歩いているように、足元がふわふわとしていておぼつかない。
夢で、学院の中でヴァイオリン演奏をしていることも多々ある。
それをふとした機会に吉羅に話すと、それほど没頭していたり気にかかっていることが多いのだと彼も苦笑していた。

吉羅自身も、学院内で仕事をしている夢を見るのだとも言っていた。
特に期限が迫っている書類の事務処理をしていたり、外回りでの嫌なことがあると反芻するように夢に見ることがあると聞かされた。
一見鉄面皮で常に冷静に見える彼だが、意外に感情表現をしてくれるし、冗談やサプライズが好きなサービス精神が豊かな男性でもある。

彼でも悪夢に追い回されることがあるのかと思うと、夢でまで気の毒に……と思う反面、吉羅のような精神的に安定していると思われる大人の男性でもそうなのだと知り、自分だけではないのだと安堵の気持ちが起きたのを覚えている。

香穂子がいる学院内は、どこかしらに白い靄のようなものがかかり、壁に手を突いてみてもなんとなく頼りない。
夢を夢と自覚している、いわゆる明晰夢というものかもしれないと香穂子は思いついた。
森の広場にはなぜか行き着けなくて、ここのところ香穂子が通いつめていた音楽室に入っていった。

音楽室の奥の方に、音楽科の制服を着た男子生徒が一人佇んでいた。
ここに男子が一人でいるだなんて珍しいと思い、香穂子は好奇心をそそられてその男子生徒の方へと近づいていった。
香穂子の気配を察したのか、少年が振り向く。
その顔を見た瞬間、香穂子の鼓動は急速に早まっていった。


「君は――誰?」
その声、その容貌からして間違いない。
香穂子が今心を奪われている男性、吉羅暁彦と瓜二つの少年がそこにいた。
彼は吉羅そのものだと香穂子は確信を持っていた。
身長こそ割合と高いものの成人の吉羅よりも少し低く、体の造りはふた回りほど小さく感じる。
赤いネクタイは香穂子と同じ学年カラー。
「……失礼だな、人の顔をそんなにじっと見てるなんて。僕の顔になんかついてる?」
紅顔の美少年はややハスキーな声で香穂子に向かって言った。
変声期の途中を迎えているようで、まだ低くなりきっていないその声も吉羅の声のトーンを少し上げたものと似ている。
「あ……ごめんなさい。……あなたが、あんまり私の知ってる人に似てたから、つい……」

それまでは憮然としていた少年の表情が緩み、興味深そうに香穂子に向かって意味ありげな笑いを浮かべた。
「――へえ。それってナンパ?」
「なっ……」
香穂子は唐突な鋭い突っ込みに辟易してしまった。
「よくある台詞だからね。知ってる人と似てるなんて口説き文句。どっかで見たこと、聞いたことあるような陳腐なやり方だなと思ってさ」
かなり生意気な、ズバズバと歯に衣着せない言い草は吉羅のそれとよく似ていた。
容貌はまだ幼さを残しており、見た目からしても気の強そうな美少年の口から、遠慮のない言葉が紡がれる。


「ねえ、あなた……吉羅君、でしょ?吉羅暁彦君」
「僕のこと、知ってんだ?」
あっさりと彼は認めて香穂子の顔をじっと見返した。
「ねえ、君の名前くらい教えてよ。これナンパなんでしょ?」
「――だから、ナンパじゃないってば!」
香穂子はどこまでも突っ込んでくる容赦のない少年暁彦にやられっぱなしだった。
「でも僕は君のことを知らない。同じ一年の学年カラーだけど、学内で君を見た覚えがないよ。転入生?」
「というか、元は普通科だったんだけど、今度音楽科に編入してきたの。日野香穂子です、よろしく」
「ふうん……普通科からか。日野さん……日野香穂子さん、か」

暁彦は香穂子の頭のてっぺんからつま先までを無遠慮に眺めていて、彼女の手にしているヴァイオリンケースに彼の目が留まった。
「日野さんもヴァイオリン専攻なの?」
「ええ。吉羅君もでしょ?よかったら弾いて聴かせてもらえない?」
香穂子の質問に、少しムッとしたような表情になって暁彦は見返した。
「君って失礼な奴だな。人に演奏しろって要求する前に、自分でやってみたらどうなんだ?君の演奏が僕の評価できる水準に達してたら、弾いてやってもいいけど」
口調こそ現在の吉羅とは少し違うが、もう彼の原形とも言うべき素地ができあがっているようだった。
可愛らしく、母性本能をくすぐられるような顔立ちをしているのにその中身は既に辛辣なものが萌芽している。

「じゃあ、一曲弾いてみるから聴いてね。――吉羅君のお耳に適えばいいんだけど」
今香穂子が最も自信をもって弾ける、エルガーの「愛の挨拶」を通して弾いてみた。
暁彦少年は腕を組み、値踏みするような視線で香穂子の姿を睨めつけている。
全部を弾き終わったところで、香穂子は顔を上げて暁彦を見た。
「――ふうん。人に言うだけあって、一年にしてはまあまあじゃない?」
彼は一年生で、実際の香穂子は三年生なのだが……
三年生の基準だとするとダメダメだということなのだろうか。
「もうちょっとポジショニングと、弓の溜めとか安定させるともっといいと思うよ」

アドバイスまでしてくれた暁彦の言葉に、香穂子は戸惑いを隠せなかった。
昔の彼はこんな風に、小生意気だけれど親切で明るく、人懐こい少年だったのだろうか。
すっと人の懐に入ってきて、まるで以前からの知り合いでもあるように自然に振る舞う。
「……じゃあ、約束したよね。吉羅君の演奏も聴かせてくれる?」
香穂子は心臓が破裂しそうなほどの期待に、眩暈がしそうになった。
「いいよ。そうだな、何がいいかな……」
あっさりと許可が下りて、暁彦はケースからヴァイオリンを取り出した。
彼の手にしているそれは、高価なことで知られたメーカーのものだった。

サティの「Je te veux」の演奏が始まった。
少しでも彼の演奏を聴き逃すまい、彼の挙動を見逃すまいとして香穂子は全身全霊を傾けて暁彦の演奏に見入っていた。

凛々しい立ち姿で、初対面の香穂子のリクエストに応えて演奏してくれている。
惜しげもなく晒しているその実力は、既に凡百の高校生の技術水準など凌駕していた。
個人的な感想を言わせてもらえば、事実上香穂子の知る高校生の頂点である月森よりも、この高一の暁彦少年の方が心に訴えてくるものを感じる。
技術も卓越しているが、感情をよくのせるタイプの演奏で、それはまさに香穂子の目指す理想形と言える到達点だ。

アクセントのはっきりとしたドラマティックな演奏で、人の心を惹きつける。
大胆な彼流の解釈を加えたアレンジが施されているようで、それにさえ香穂子は魅了されてしまった。

――凄い。
こんな風に、香穂子の心までを持っていかれるような演奏は、初めて耳にするかもしれない。
決して目にすることなどできないと思っていた、天才ヴァイオリニスト吉羅暁彦の演奏する姿を見られたことで、香穂子の全身の血が熱くなる。
鼓動が常の倍以上に感じるほど精神的に高揚してくる。
泣きたいような、それとも大声で笑いたいような複雑な綾織の感情が香穂子を揺さぶる。
もし今この瞬間に心臓が止まってしまっても、きっと自分は幸福でいられる――


 

演奏が終わると香穂子は呆然としていたが、暁彦が構えていたヴァイオリンを下ろすと、はっとして拍手を送った。
「どうだった?僕の演奏、気に入ってもらえたのかな?」
「……凄い。ほんとに凄かった!あなた、本当に一年生なの?信じられないくらい」
香穂子が昂奮気味に賛辞を述べると、暁彦は照れたように顔を逸らした。
「そこまで凄いわけじゃないよ。これでも、まだ荒いとか雑とかさんざん言われるんだよね」
頬をやや赤くしている暁彦を見ていて、香穂子はどうしようもない気分の高揚が導くまま勢い込んで言葉を継ぐ。
「――あの、図々しいかもしれないけど、お願いがあるの」
「僕に?君が、お願いだって?」
暁彦は怪訝そうに香穂子を見た。

「あなたの時間のある時でいいの。吉羅君の演奏、また聴かせてもらえない?」
香穂子の顔を見たままの暁彦が、訝しげな顔から見る見るうちに微笑を浮かべていった。
「なんだ、そんなことか。いいよ。えーと、日野さんだよね。何クラス?僕のクラスじゃないよね?」
「えっと、まだ編入の手続き済んでなくて、クラスはわからないの。吉羅君は何組?」
「1のAだよ。――同じクラスになれたらいいね、日野さん」
暁彦はヴァイオリンケースを手にし、ひらりと身を翻して音楽室の出口へと向かった。


去っていくその背中を呆然と眺めていて、香穂子は胸が熱くなるのを感じていた。
まさか、彼の演奏が聴けるだなんて。
しかもこれから先も聴かせてくれると、彼は約束してくれた。
最後の一言がまた心憎くて、同じクラスになれたらいいなどとさらりと言われてしまった。
奔放な魅力を持った天使のような明るい少年暁彦に、香穂子はすっかり心を奪われてしまっていた――

(続く)


挿絵は、禁忌だと思っていた高校生の吉羅暁彦君のヴァイオリンを弾く姿です。
公式にないのならば!
ざっと千回以上は理事長を描いてきた私がフルカラーで描く!!
と決意し、下描きから色塗りまで数日間かかって仕上げました。
去年の四月の作品ですが、記念碑的な絵なのでそのまま掲載します。

お話はこの後も46話まで(途中からR18になります)続いているのですが、設定で最初は違うクラスにしちゃったんですが同じクラスにした設定で現在書き直しをしています。
まとまればDLSITEで販売予定です。他の作品も購入してくださった方々、ありがとうございます<(_ _)>

公式で理事長高校生の演奏のお話が出てくるとか演奏姿が…とかまじっすか!!!
という興奮でつい。

少しでもよかったと思われたら、是非励ましの意味で拍手ボタンを押してくださいませ♪

拍手[3回]

「ああ~……うまくいかな~い……」
一月の三日。
三が日の最終日、お昼前から、香穂子はキッチンで悪戦苦闘を続けていた。

今日は、何を隠そう吉羅の誕生日なのだ。
香穂子の最愛の人であり、学院トップの理事長である彼の、3X回目の誕生日。
にも関わらず、きっとワーカホリックの彼は理事長室にいて、書類の仕事をしているに違いない。

何故そう確信しているのかというと、吉羅がそのように話したのを香穂子は直接彼の口から聞いたからだ。

年末、練習のため学院に訪れた香穂子に、吉羅は声をかけてきてくれた。
そこでさり気なく新年の予定を尋ねると、元旦くらいは休みたいが書類の仕事を少しでも片付けるために出勤するかもしれないと言っていた。
元旦、つまり元日の朝には少しは家にいるようだ。
だけど、その後に学院に出向いて仕事をするつもりだなんて……
幾らなんでも仕事中毒ではないかと思った香穂子は、半ば呆然としながら彼の話を聞いていた。

彼の体調が心配でもあるし、少しでも彼に喜んで貰いたい。
昨日はデパートに行って、吉羅の愛車のキーリングを買ってきた。
幸いにしてお年玉で懐が潤っている香穂子には易々と買える値段だったのも救いだった。
そして、一人用のお重とそれを包む淡い桜色の風呂敷も買った。
初春のおめでたくも華やかな雰囲気を味わえる、艶やかな絹の織物。
漆黒のお重を包むそれと、お重と似た雰囲気の朱塗りの箸と箸箱。
それらを並べて見ているだけで、お正月の特別感がひしひしと伝わってくるし、シックだが豪華なしつらえが香穂子の心をも浮き立たせた。

彼はなんて言ってくれるかな。
お魚が好きだって知ってるから、やっぱり鯛の切り身がいいかな。
桜茶や梅茶も用意してあげたいな。
それも中に金粉の入っているもの、それがいい。
見た目もきれいだし、なんといっても新年と彼のお誕生日をお祝いするおめでたさを演出したい。


重箱に、あれこれと食材を詰めていく。
紅白の蒲鉾、伊達巻、田作り。
タコの酢の物、真鯛の切り身を軽く焼いたもの。
赤っぽい色合いが全体を占めている。
黄金色をした栗きんとん。
前にチョコレートを喜んでくれたことがあるから、甘いものは嫌いじゃなく、むしろ好きだと思う。

それから最後に、どうしても香穂子自らの手で、出し巻き卵を作って入れたかった。
香穂子自身の大好物でもあるが、作ったことはなかったので、ネットでレシピを検索してみる。
「白だし」というものが、出し巻き卵にはお勧めらしい。
通常のカツオだし等よりも、色合いも味わいもよく、簡単にプロ級の味付けに仕上がるようだ。

ネット上で出し巻き卵のレシピを調べると、プロの板前が作る本格的な卵の焼き方から、主婦が毎日のおかず作りの一環としての焼き方まで網羅されている。
検索しても、膨大な数がひっかかってきてキリがない。
香穂子のように料理に慣れていない、初心者向けのものを参考にするのが一番よさそうだ。

正月でも開いているスーパーへ行って、卵を一パックと白だし、その他を買ってきた。
一度でうまくできるとは思わないので、何度か試作をしてみないと。


……ということで、キッチンでずっと料理を続けている香穂子なのだった。


一度目は、焦げないようにしていたら火の通りが弱くなった。
次は火加減はよかったはずのに、丸める時に崩れてしまった。
テフロン加工のフライパンとターナーで、意外と簡単にできそうだったのに。
簡単そうに見えて奥が深い……

「ああ……これで、うまくいきますように……」
祈るような気持ちで、香穂子は三度目の出し巻き卵に挑んだ。


「……ん、いい感じ……かな?」
卵液が固まりきらないうちにターナーで卵を寄せて、慎重に形が崩れないように包んだ。
少しさましたところで、お皿に移して更に熱をとる。
熱が冷めて卵焼きが落ち着いたところで、切っていく。

「……はぁ~っ、できたっと」

一人前のおせちのお重、完成だ。

お昼前から奮闘していて、いつのまにか陽が傾きかけているのに気付いた。
お重の蓋をして、お箸とお茶を添えて、風呂敷で包んでいく。

香穂子は明るいピンクのニットワンピースと、白いファー襟のついた可愛らしいアンゴラのコートを着た。
春らしいふんわりとした、柔らかい素材と色合いを選んだ。
少しでも彼に可愛いと思われたくて。
仕上げに学院にいる時にはつけない、赤みピンクのルージュを引いた。


どうか、彼が学院にいますように……
香穂子は祈るような気持ちだった。
もしもいなかったら、直接彼の家にお重とプレゼントを持っていく覚悟だった。
家までわざわざ訪ねてきた香穂子を、まさか追い出すような無慈悲な仕打ちを吉羅がするとは思えない。
意外と彼は押しに弱い、というよりも香穂子の健気な振る舞いに対してはそれ相応に報いてくれる。
元々サービス精神の豊かな男性なのだろう。
紳士の行動で、香穂子を充分に楽しませてくれる。
だから、彼は香穂子を少なくとも嫌ってはいない。
むしろ気にかけ、積極的に関わろうとして声をかけてくれる。

好かれているだなどと自惚れはしたくないが、彼にとっての香穂子は「気になる存在、ほうってはおけない存在」であることは確かだ。
――それだけでいい。
今はそれでも幸せだ。


時刻は夕方の六時を過ぎている。
香穂子は自分で作ったおせちの余りや、試作品の卵やきんとんをつまんでお腹が結構いっぱいになっている。
一緒に食べたい気持ちもあったけど、彼の反応をこそ間近で見てみたい。
夕食にするのはちょっと早いくらいなので、彼が夕飯を済ませないうちに行ってこよう。


香穂子は胸の鼓動が早まるのを抑え切れなかった。
やがて、十分ほど歩いて星奏学院に辿り着いた。


理事長室のドアを叩くと、返事がなかった。
……いないのだろうか。
心に暗雲が垂れ込めかけていくが、もう一度ドアを叩いた。
「……はい?」
どこか訝しげな吉羅の声がした。
ああ、いてくれたんだ……
ほっとして香穂子は名乗った。
「日野です」
香穂子の高く澄んだ声の後に、彼の中低音のよく通る声が響く。

「……どうぞ」
「失礼します」


いつもの通り、ではなかった。
吉羅はソファに横たわっていて、寸前まで眠っていたと思しく、まだ少しけだるげな表情をしている。
香穂子の来訪を知って体を起こしているところだ。
「寝てらしたんですか?……体調がよくないとか?」
慌てた様子で、香穂子の声のトーンが上がる。
「いや、そういうわけではない。ただ少し休憩していただけだ」
「……そうだったんですか。よかった……」

このやりとりで、おめでとうという新年の挨拶をしそびれた。

「あのっ、あけまして、おめでとうございます。……今年もよろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げる香穂子を見、吉羅は切れ長の瞳を見開いていた。
少しすると、彼はこらえきれないといった笑いを漏らした。
「……ああ、おめでとう。今年もよろしく」

「ええと、つきましては……」
香穂子は手提げ鞄に入れていたお重の包みを取り出した。
「新年のお祝いとして……よかったらこれ、どうぞ」
大人の両手に収まるサイズの包みを見て、吉羅は香穂子に問うた。
「……これは、何かな?」
「おせち料理です。夕ご飯、まだじゃないですか?」
吉羅は笑った。
「ご明察だ。……そろそろ空腹にはなってきたが、休憩をしていたところでもあるのでちょうどいい。ありがたく頂戴するとしよう」

吉羅はテーブルに置いたお重の風呂敷包みをほどき始めた。
「君は、正月だというのに、わざわざお宅から私のためにこれを持ってきてくれたのかね?」
「……ええ、まあ。それだけでもないんですが……」
「ん?」
「いえ。……今、お茶を淹れてきますから」


香穂子はポットの方に向かった。
芳香を放つ金粉入りの桜茶を淹れて、彼の前に差し出した。
「……ほう。これは。金粉が入っているね。縁起もよく、見た目も美しいね。それに、桜の花までも……」
吉羅は香穂子の持ってきたお茶を見て、微笑みつつ目を細めていた。
「お誕生日ですものね。……おめでとうございます」
ニコニコと微笑む香穂子の方を向いた吉羅が、瞬間驚いた表情を作る。
「……ありがとう。……君にそう言われるたった今まで、今日が自分の誕生日だということを、すっかり失念していたよ」
「本当ですか?」
香穂子は驚愕で声を一段高くした。

男の人って、記念日とかに無頓着だともよく言われるけど。
それにしたって、自分の誕生日すら忘れてるなんて……
誕生日おめでとうと言ったらびっくりした顔をしてたから、本当に忘れてたんだろうな。
激務に追われる彼を少しでも癒せたら……
香穂子の中で、ますます吉羅への恋情が刺激されて増幅されていくのを感じていた。


「あの、おせちはどうでしょうか……」
「ああ。……私は和食も好きなので、とてもありがたいよ。それぞれにとても美味だね」
言いながら箸を運ぶ吉羅の様子に、香穂子は見入っている。
きれいに箸を使って食事をする吉羅を眺めていると、不思議な気分になる。
彼とのデートでは一緒に食事をしているし、大抵は男の吉羅の方が先に食事を終えるので、彼だけが食べているのを見る機会はほとんどない。

一緒に食べるべきだったのかな。
でもこんな機会あんまりないし。
何よりも彼のための誕生日祝いでもあるから、これでいいのかも。
「ところで。この卵焼きなんだが」
「はっ、はいっ。何か問題でもっ?」
香穂子は吉羅の口に合わなかったのかと思って肩を竦ませた。
そんな香穂子の所作と反応に、吉羅はいかにもおかしそうに笑っている。
「問題ではないんだが……いや。これは君が手作りをしてくれたんじゃないのかね?」
「は、はい……その通りですが。甘すぎたとか、風味が足りないとか?」
恐る恐る訊いてみた。

「いや、ちょうどよかったよ。出汁の風味も上品に出来ていたが、市販の品ではない手作りだと感じたのでね」
そう言ってもらえてほっとした。
「どうして私が作ったって、わかったんですか?」
「君が手ずから持ってきてくれた物だからね。手作りならではのものがあったからだ、と言おうか。……まあ、強いて言うなら勘だ。君が作ってくれたものだと想像するに難くない」

回りくどい、わかりにくい言い方。
だけど、彼の言葉をよく噛み砕けば、香穂子の手作り品を喜んでくれたということだけは間違いない。

「お食事が終わったところで。……私から、もう二つプレゼントがあります」
「二つ……?」
吉羅が怪訝そうに小首を傾げるが、香穂子の挙措を見て納得がいったようだ。
テーブルの後ろに置いてあったヴァイオリンのケースを開き、立ち上がって彼に向かって「ハッピーバースデー」を奏でた。


有名な、あまりにも有名すぎる曲だけれど、敢えて今までに弾く機会はなかった。

香穂子の演奏姿を、彼がじっと見つめてくれているのがわかる。
決して達者な演奏だとは言えないが、その分真心をこめたつもりだ。
――ハッピーバースデー。
あなたが生まれてきてくれて、よかった。
あなたと巡り会えたことに感謝を。

――あなたが好き……
どうしようもないくらいに。


喜びと切なさとが交錯して、香穂子は演奏を終えたら泣きそうになってしまった。
吉羅からの惜しみのない拍手が、理事長室に響いた。
「……私、これを初めて弾きました」
「ほう……」
言葉にできない、語り尽くせない想いが溢れてしまいそうで、それ以上は言えなかった。
あなたのためだけに。
あなたを心から祝いたかったから。
好きだから。
あなたの存在そのものが、愛しいから……


「それはそれは。改めて、こちらからも礼をしなくてはならないな」
礼とはなんだろうか。
香穂子はもう一つのプレゼントの存在を思い出して、手提げを探った。

「あの、これも。お誕生日祝いとして、受け取ってください」
香穂子は華やかなラッピングの施された包みを吉羅に差し出した。
大人の掌よりも少し大きい程度のそれを受け取り、吉羅は微笑んだ。
「ありがとう。……お節料理と、演奏だけでも分に過ぎた祝いなのに。開けて見てもいいかね?」
「どうぞ」
彼は身の回りの物にこだわる性質というのは知っている。
だから、絶対に彼が使うだろうし気に入ってくれるだろうものにした。

「……私の愛車とお揃いのキーリングか。ありがとう。……これは持っていなかったが、欲しいと思っていたものなんだ。早速愛用させて戴くとしよう」
彼は満足そうな穏やかな微笑を湛えている。
優しい笑顔。
お世辞やお追従など言わない彼だからこそ、本当に喜んでくれているのだとわかる。


「日野君。眠気覚ましに、食後のコーヒーを淹れてもらってもいいかね?」
「はいっ」
香穂子は張り切ってコーヒーの支度に取り掛かった。
ソファでくつろいだ様子の吉羅をちらりと見やると、目をこすっている。
眠気覚ましをしたいということは、素直に解釈すれば眠くなったのだろうか。

「……ありがとう。何から何まで、今夜はすっかり君の世話になってしまっているな」
「今日は理事長のお誕生日で、特別な日ですから。サービスします」
香穂子は茶目っ気を含んだ笑顔を彼に向けた。

コーヒーを啜り、吉羅は腕時計の盤面に目をやった。
「……もう、こんな時刻か。これ以上遅くなってしまわないうちに、君を送って行こう。早速キーリングを使わせて戴くよ」
香穂子は見る間にしおれた花のように、うなだれた。
あからさまにがっかりした態度をとってしまった。
「夜のドライブ……と洒落込みたいところだが。明日からは通常通りに仕事始めがあるし、それはまた別な機会にしよう。改めて時間を作って……君に返礼をさせて戴くよ」

そんな吉羅の言葉に、香穂子は顔を上げた。
「ほんとですか?」
「私は嘘などつかないよ。……行こうか。忘れ物はないかな?」
「はい、大丈夫です」
「重箱と、包み等を君に返したかな?」
「いいんです。私が家に持ち帰りますから」

駐車場に移動するまでの間、香穂子は手袋をしなかった。
今日はやや風があって、夜も更けてきたので少し底冷えがする。
わざとらしく手をさすっていると、吉羅が香穂子の仕草に気付いた。
「君は手袋をしていなかったのか?」
「今日は忘れてきちゃいました」
「……指先を傷めてしまっては、話にならない。気をつけたまえ。少し外に出て歩いただけで、こんなに指が冷えている」
吉羅は香穂子の小さな手に触れた。
そっと握られた掌から、彼のぬくもりが伝わってくる。

大きな手。
香穂子の掌をすっぽり包み込むように、寒さから守るようにしてくれている。
……いつまでも、こうやって手を引いて欲しい。
時に香穂子を導き、時に見守ってくれる人。


車に乗り込むのでさえ、今は少し残念な気分だった。
彼の手が離れてしまうから。

「これから寒さも本格的になる時期だ。体調には充分に気をつけて過ごしたまえ。特に、女性は体を冷やしてはいけないだろう」
ヒーターをやや強めに入れてくれた吉羅が話しかけてくる。
女性のうちに数えてくれてるんだと思うとなんだかくすぐったい、でも嬉しい。
彼に少しでも女として意識して欲しい。

「今日のご馳走を作ってくれたのはいいが、くれぐれも包丁で怪我などしないようにね」
吉羅の口調と表情は香穂子をからかう時のそれだ。
「それは、充分に気をつけましたので大丈夫です」

「それなら結構。……私は、女性に家政婦の役割など負わせるつもりはないんだが。それでも、やはりこうした場合のものは格別だね」
とても婉曲にだが、香穂子を褒めてくれているのだろう。
嬉しいと思ってくれたのもわかる。


まったく……この人は本当に、素直じゃない。
でも、そんな彼の心の裡を探るのが香穂子の楽しみになっていた。
もうすぐ香穂子の家の近くだ。
徒歩で10分余りの道のりも、車ならほんの数分だ。
短いランデブーが終わりに近付き、香穂子は鞄に詰めた重箱を手で撫でた。

「じゃあ……。また。……来年も、お重持ってこれたらいいんですが」
言った後で照れくさくなってしまい、香穂子は吉羅から顔を逸らした。

「ああ。……だが、今日の重箱は無用になってしまうかもしれないな」
「え?」

意味がわからなくて、香穂子は疑問の声をあげた。

「来年は、もっと大きなもので。……一緒に食べられるといいんだがね」

意味深すぎる言葉を返されて、香穂子は咄嗟に何も言えなくなった。

「では、おやすみ。……また今年も君のコーヒーの世話になると思うがよろしく頼むよ」

最後に、とても優しい微笑を香穂子に向け、吉羅は日野家の門前に車を停めた。
香穂子が泡食って降りると、彼は軽く手を振って車は走り去る。



……プロポーズにも解釈できるような言葉だった。
いや、彼のことだから単純に2人で一緒に食べたいとも思える。
問い詰めたところで、「何のことだか」とか、「君の好きなように解釈するといい」などと口先で翻弄され、誤魔化されるのだろう。

でも、彼は確かにこう言った。
「来年も一緒に」と……。
それはつまり、香穂子と共に過ごしたいという好意のこもった言葉だと解釈できる。
本当に、そうできたらいい。

香穂子の胸がぽかぽかと温まるような想い出が、また一つ増えた。

【この項終わり】


(超長文になってしまいました。香穂子ちゃんの恋愛感情を書いていたらめちゃくちゃ長くなった…(´・ω・`))

↑30日追記 これは不意に思い立って数時間で描いた挿絵です。
左上のキスしてるとこは、香穂子ちゃんが妄想して赤くなってるということで( ̄ー ̄)ニヤリ

拍手[3回]

理事長様お誕生日アイテム買いましたwww
これは理事長ファンにはお勧めwww
そこで気になるプロローグ的な部分だけ絵に起こしてみますたwwwww
 

どうですかこれ!
続き気になるでしょう、これ!
買いませんか!
買って吉羅理事長様の、いかにも理事長様らしいところを見てみませぬかwwwww
というか使え!脱げ!!
脱ぐんだあああああ!!!

……失礼致しました。
腰が痛いつうのに、あまりに腰椎がこわばっててお灸据えてもらったのに描いてる私って……(´・ω・`)

続きも絵物語もしくは捏造コミカライズしたいです♪
見たいという方は拍手ボタンをポチッと押してくださいませ( ̄ー ̄)ニヤリ

描きあがった作品、上に掲載しましたが裸体でしかもフルカラーですのでパスワードをかけさせて戴きました(´・ω・`)
作者が今ドハマりしている楽曲のタイトルがそれでございます。
ヒントは(LTE←スマホ通信制度でじゃなくバンド名)(インストロメンタル)

ど~してもわからないのであれば拍手・またはフレ様はブラコメかチャットでお知らせくださいませ( ̄ー ̄)ニヤリ

拍手[10回]

(のぶニャがコラボ!きニャ暁彦様を買った私が、きニャ様を使った戦闘を、吉羅暁彦理事長からの視点で回想します。なるべくのぶニャがを知らない方にもわかりやすく書いたつもりです♪)



……今回も、総大将は私に決まった。
まあ私の職業は軍師であることだし、知略を駆使した戦法や兵法はお手の物だ。
今度の戦場は比叡山の裾野にある。
一見開けた土地に見えるが、どっこい岩の壁があちこちに屹立して狭い一本道が三本あるのだ。
そこへ侵入して行けば敵陣からの一斉攻撃を受ける、その覚悟で臨まなければならない過酷な戦地だ。

相手軍を率いる総大将は織田のぶたニャー(信忠)だ。
かの第六天魔王・信長の嫡子である彼は、父親そっくりの酷薄な目つきが非常に印象的だ……勿論悪い意味で。

私の陣は、鉄砲隊を率いる狙撃力が高い侍大将がシャムづ(島津)家久。
彼は火属性レベル11、攻撃力94、勲功値225の歴戦の勇者だ。
伏兵看破・陣中見舞い(周囲の人間の体力が回復する)、完璧主義者という高スキルを身に着けた軍師・月森君はレベル14、勲功値134の足軽大将。
騎馬武者レベル14の王崎シンぶ君の本業は僧侶であり、どうも敵に塩を送るのが趣味らしい。(信武でしのぶとは読ませないらしい)
何故か職業が「茶人」の組頭、レベル14かニャざわ紘人。
彼は多々のスキルを身に着けているにも関わらず、猫特有の気まぐれさでそのスキルを発揮させる機会は少ない。

そんな、頼りにしたいのだがあまり頼りにならない?味方に、攻撃力を重視した凸状の陣を組ませ、いざ開戦。

それらを率いての戦闘についての辛苦を回想してみることにした――
……非常に苦痛を伴う作業ではあるが、後の試しにもなるだろう。
のぶニャが世界に紛れ込んでしまった私の苦渋の一端でも、私のファンである女性陣に知ってもらえるのならありがたい。
無論、男性陣も是非ご一読のほどを。


――まずは王崎君の騎射からだ。
馬に乗った上での射撃はタイミングが非常に大事だが、その点は心配ない。

彼の力量は攻撃力142、防御64、速度89等、総合レベル30にまで上げてあるのだ。
もっとも、攻撃力212、防御力108、速度118等で総合レベルが50に到達した私には比肩しえない。

私は既に「覚醒」している――
つまり、初期段階での修練の限界を突破して、中期に入ろうとしていた私は覚醒段階一段目で攻撃力50アップを選んだのだ。
その私の異常なほど高くなっている戦闘力には遠く及ばないが。
次に目指すべく第二段階では兵力を増やそうかと思案中である。

王崎君の馬上からの銃撃は、雑兵に399のダメージ。
もう片方の雑兵からの攻撃を難なくかわした。
私が横から彼の援護に出てきて、射撃で651のダメージを与える。
金澤さんの得意技「ねこやなぎLV3」で相手は挑発されて、頭に血が昇った。

王崎君の馬が敵を蹴り上げて350のダメージだ。
私は相手騎馬の突進を躱しつつ体勢を反転させて銃を撃ち、「交響曲」
――必殺技に該当するのだろうそれで、相手の一将に1200もの瀕死の重傷を負わせた。
「ニャー」と悲しげな声をあげて敵陣の外に逃亡した将は、死亡確定だ。
無様な敗走をする際に可愛らしい鳴き声をあげて、汗の粒を散らしている様はいつ見聞きしても笑える。

王崎君は、「岐阜中将」などという謎の技を食らってしまった。
なんだこれは、初めて見るものだ。
そういえばのぶたニャーの官位がそれだったか……確か、権の中将に任ぜられたばかりなのだったな。
己の官位を声高に吹聴するという馬鹿げた技に苦笑したくなる。
それは常識人の王崎君もさぞ面食らったことだろう、かわいそうに。

別な側面からも突かれて、王崎君は合計430ものダメージを受けた。

更にのぶたニャー(信忠)と敵武将の二匹は五輪奥義、「篭絡の計」を繰り出した……
なんたる不覚か……!
金澤さんの頭上には、ピンク色に輝く愛らしいハートマークが灯ってしまった。


……男が、いかつい男に篭絡されて一時でも心を奪われてしまうとは。
それも、相手は第六天魔王信長の嫡子であるのぶたニャーだ。
あろうことか、あの冷血の輩に心惹かれるなどとは……
世間的には冷徹と評されて、「第六天魔王のぶニャがを演じるには最適」とお墨付きを得ている私と行動を共にしている時点でお察しなのか?
私の同僚でもあり先輩でもある金澤さんが、こんなくだらん策に陥るとは……!

戦端が開かれてすぐに波状攻撃を受ける味方陣の、目を覆いたくなる惨状だが、総大将である私が動揺している姿を晒してはいけない。
ここは意地でも平然としていなくては。
私は憤怒の気持ちで交響曲を唱えると、1244と446、321という大ダメージの一撃を一挙三人に浴びせた。
これほどの凄まじい攻撃を見た者はあるまい。
私は初期段階にはありうべからざるレベルの、異常とも言える火力を誇っているのだ。

隘路に追い込まれて集中攻撃を受けている王崎君に目配せすると、彼が頷く。
私と王崎君により「医心方」の詠唱を行った。
これで彼の傷がかなり回復し、1000ポイント中800近い体力を取り戻せた。
しかし、その矢先に王崎君は150、200と連続して打撃を受けた。
折角、無傷であった私が苦労して王崎君の為に繰り出した回復技なのに。

相手は「土竜攻め」を仕掛けてきた。
これは「一定の確率で、敵複数の防御力を下げる」ものだ。
金澤さんがそれを食らうが、未だ正気に返っていない彼は頭上にピンクのハートを浮かせたまま、なんと味方である王崎君を銃で撃った。

僅か25のダメージだが、情けないにも程がある。
男に誘惑された挙句に同士討ちをやらかしてくれるとは。
ああ、所詮は茶人などという風流者を装った無頼漢など連れてくるのではなかった……

今頃島津、いやシャムづの「狙撃LV1」が出て、相手に120のダメージを与えた。
そして今までほぼ存在を感じることのなかった月森君が、4ターン目にしてやっと銃を撃った。
遅い、遅すぎる。
遅きに失する。
大体が、「陣中見舞」だのという凄まじい回復技を持っているくせに全く回復役を果たさず、焼け石に水程度の40の極小ダメージを負わせただけかね?
戦場に於いてもマイペース過ぎて協調性が微塵も感じられないのは一体どういう訳なのかね、月森君?

と思ったら、月森君と王崎君コンビによる「赤備え」が出た。
これは敵一体を攻撃し、命中すると自分自身の攻撃力も上がる代物だ。
王崎君に発動したそれは、見事に敵に250のダメージを与えたがその後敵から150、100と連続した攻撃を受けてしまった。
騎馬で敵陣深くに突入している彼が、どうしても集中砲火を浴びてしまう地形に潜り込んでいるのだ。

金澤さんは3のダメージを食らってひっくり返っていたが、未だ彼の頭上にはピンクハートが輝いている……
ええい、目障りな。
私が敵を撃ち、651のダメージ。
なんなのだこの数字は、連続しているな。
その後、島津・月森・王崎による三連続攻撃。
忘れていたが金澤さんもハートを浮かべたまま敵を撃ち25のダメージを与えていた。
王崎君が相手に125、すると相手から250返される。

いけない、王崎君の命は風前の灯だ。
こんな窮地なのに行動力の遅い月森君が「陣中見舞」すら出せずに金澤さんの背後にくっついているのが腹立たしい。
回復役を果たさない彼のせいで、私がわざわざ攻撃ターンを犠牲にしてまで異様に強力な火力を出さず、敢えて回復技を担う羽目になったのに。

そして敵軍の残党が残り2名、総大将のぶたニャーと副将(名前失念、太った茶虎猫、青の着物)のみになったその時。
私の交響曲の出番だ。
今までのストレスを発散するかのように私が攻勢に出る。
愛銃が勢いよく火を噴くと、総大将のぶたニャーに1225の致命傷、更に894で副将を撃滅した。

――かくして、織田のぶたニャーを総大将とする敵軍は私の銃により全滅した。


……敵軍全員を殺し尽くし、殲滅することに成功した。
もはや生き残りは一人もいない。
総大将である私自らが、敵軍の総大将と副将の首級を挙げてみせたのだ。

今回の手柄は私が独占状態だ。


……孤軍奮闘といったところだろうか。
ま、私の獅子奮迅の活躍で敵を全員撃破したのだと言っても過言ではあるまい。
他の味方は正直飾……ゲフンゲフン
いやむしろ私の足をひっぱ……


こうして改めて書き記していると、つくづくそう思う。
私こそが「第六天魔王」のぶニャが役がハマっていると、のぶニャが指南役の「ミャーもと武蔵」に言われたが……

是非も無し。
なりきるのなら開き直ってなりきらないと見苦しい。


のぶニャがコラボのチュートリアルをクリアして、苦戦しつつこの「短編ねこ戦記」で千点取り、なんとか月森君の楽譜を入手しはしたが。
私の戦いはまだまだこれからも続く。

二巡目は、どんどん敵が強くなっていく最中なのだ。

比叡の戦いを終えた私は休む間もないはずなのだが、手傷を負った王崎君や金澤さんを、傷によく効く温泉に入れてやらねばならない。
戦地をのそのそと移動しているのが殆どだった月森君、遠隔地からの狙撃重視なしミャづは、ほぼ無傷でしれっとしているのが小憎らしい。

コルダのグループだからと相性がいいと、我々の編成にニッコリマークが浮かぶのだが、とんでもない。
私が攻撃力重視の火属性、かつ得物は銃なのだが、行動力の素早さも重視する風属性も高いので、同じく俊敏に移動できて攻撃力の高い人材が欲しいところだ。

そろそろ、私は修練レベルを上げるために「器量を磨く」ことをせねばならない。
今の所私はこの軍では最強なのだが、もはや修練レベルが高すぎて50で高止まりをしている足踏み状態なのが我慢ならない。
そこで、コルダでのBPならぬニャオポイント=NPで無料で入手した「高坂ミャさのぶ」を、密かに私のパートナーとして選ぼうとしている。

彼は無料の「ニャオみくじ」でなんと三枚も出てしまったので、そのうち一枚を鍛えに鍛え、彼の身を犠牲にして、持てる戦闘能力を全て私に捧げさせるのだ。

……ん?
なんだね、日野君?
その咎めるような眼はなんなのだね?
それが第六天魔王さながらだと言いたいのかね、君は?
戦国時代、食うか食われるか。
昨日の味方は今日の敵。
現代社会の甘い常識など通用はしないのだよ。

幸いにして彼は火属性、私もそうなので最初から相性は良い。
彼の勲功値もレベルも最大値に引き上げて、鍛錬を重ねたその身を、忠誠を私に捧げてもらう時がいずれやって来る。

その後、彼はどうなるのかって?
なんとなく想像はついているだろう?

無論、彼は消え失せるのだよ。
私の中に彼の能力を宿らせれば、高坂ミャさのぶという本体は消滅する。
惨いのは、例え私の修練レベルを上げられず失敗に終わっても彼本体は消えてしまうということかな。

仕方が無い、これが「のぶニャが」の世界なのだからね。
戦国武将が可愛らしい猫の姿に身をやつしているという外見に似合わず、その世界観はシビアなものだね。
強い者は、より一層の強者を役立たせるためにその身を捧げて尽くす。
戦国の世の理(ことわり)そのままではないかね?

君と論戦したり、ぐずぐずしている暇はないよ。
私はまだやることがあるのだ、今日はひとまずこれで失礼するよ。

ああ……三巡目では、第一章「星奏学院にて」の初回の敵にやられてしまった。
☆5つの強敵の集合体で、相手は「かニャざわ紘人」が率いる精鋭部隊だ。
なんと彼らは四人の将がそれぞれ1450もの手勢を引き連れているではないか。
総大将のかニャざわ紘人自ら1450もの兵を従えているのだから、敗北も致し方ない。
私の第二段階での覚醒では、今は1000しか持てない手勢を増やすことにせねばなるまいな。

私の銃は一度に数名の敵にダメージを与えられるが、私の愛銃ウィンチェスターM70の火力はやはり異様なほど強いのだろう。
とある殺戮小説のタイトルにもそのまま使われている、世界的にも有名なこの銃が私はたまらなく好きだ。

そのうちここの作者がこのスナイパーライフルを構えた私のシリアスな絵を描くだろうから、今少しの間待っていてくれたまえ。
何せ女のくせに……といっては失礼だが、軽度ミリオタに加えて自分までがライフル撃ちに目覚めた狂気のイラストレーター兼漫画家、時に劇画家(自称)なのだから。

この「短編ねこ戦記」では、周回数が増えるごとに段々と敵の強さが増してくるのはやり込み甲斐を持たせるためなのだろうな。

傷が癒えるまで暫し温泉で休憩をとらなくては……

……妻である濃姫に体をほぐしてもらえれば、一層回復が早まる見込みなのだがね?

拍手[2回]

「理事長、知ってますか?今日の月ってスーパームーンって呼ばれるらしいですよ」
「……それは知っているが。それがどうかしたのかね?」
香穂子の問いかけに顔を上げもせず、PCに向かっている吉羅。

「……どうかしたのか、って言われても……」
まさかそんな返しが来るだなんて思ってもいなかったので、香穂子は口ごもってしまった。
そんな、木で鼻を括るような言い方をされるとは予想外だ。
ただ一緒に、美しい月を眺めることができたなら嬉しい。
そう思っただけだったのに、吉羅はひどく素っ気ない態度なので、この話題には無関心そうだ。

軽やかなキータッチの音が静寂に満ちた部屋に漂い、キーボードの上を素早く動き回る吉羅の手指を、香穂子はじっと見つめた。
しなやかな、まっすぐに伸びた美しい指先。
今は真剣に仕事に励む吉羅の整った顔に見入り、やっぱりかっこいいなあ……と胸の裡で呟いた。
ただでさえ仕事に打ち込む男性の姿は二割増しくらいに見えると言うが、吉羅の場合はもっと、それ以上に……


少しの沈黙の後に、吉羅が手を止めてモニタから顔を外した。
「で、スーパームーンがなんだって?」
「いえ、あの……」
少しの間でいいから、一緒に眺めたいと言いたい。
でも、彼は今とても忙しそうだ。
「言いたいことや、したいことがあるのならはっきり言ってくれたまえ。伝えもしない要望を私が察しないからと愚図られたり、拗ねられるのは苦手だ」
きっぱりとそう告げられてしまうと、言い方はきついのだが彼の言い分ももっともだ。

「――とてもお忙しいのはわかってます。でも、今夜は五分間だけ私にください。理事長と一緒に、月を見たいんです。それだけです」
香穂子の顔を見つめる吉羅の視線を感じながら、一気にそれだけをまくし立てた。
「了解した。あと三十分ほどでこの文書作成を終えるから、それまで少し待っていてくれたまえ」
「はい……」

すぐに吉羅はモニタに顔を向け、再度滑らかなキータッチ音を響かせ始める――
その音がなんだかリズミカルで、キーボードを使っての音楽演奏のようにも思えてくる。
吉羅が文章の入力をしている動作は目にも止まらないほど素早くて、彼の頭の中で既に完成している文章が、何もないモニタの空隙を埋めて叩き出されていく様は圧巻だ。
この人は、本当に頭がいいんだな……
そんなことを思いながらも、香穂子の存在など忘れたかのように仕事に熱中している吉羅の姿を見守っている。


――もうすぐ、こんな関係になってから一年。
その間に、数え切れないほどの出来事があった。
最初は、この理事長室に入るのがとても怖かった。
入ろうとしてもなかなか勇気がなくて、ドアの外で立ちつくしていたのを覚えている。
それが、今では彼の要望でコーヒーを淹れるために呼び出され、喜々として応じている。


退屈しのぎに書棚にある本を読みながら、香穂子は吉羅の仕事が一段落つくのを待っていた。
少し待てと告げてから約三十分が経った頃、彼の手が止まった。
「日野君。もういいよ。これでとりあえずの目処はついた」
時刻はもう夜の八時近くになっている。
「少し遅くなってしまったな。送って行こう」


校舎から出ると、吉羅はいつものように駐車場には向かわず、まっすぐに正門の方へと歩いて行く。
「今日は車、乗らないんですか?」

「せっかくの君の誘いなんだからね。たまには歩いて行こうじゃないか。月見の散歩も悪くはない」
香穂子と肩を並べ、ゆったりとした足の運びで歩く吉羅が微笑している。
手を握ることもせず、ただ隣り合って歩く。
「――昨夜が満月だったそうだね。しかし、スーパームーンというのはなんとも無粋な呼び方だと言おうか……」
「昨日の満月と、地球に最接近する今日の月とは一日ズレたそうですね」

ガードレールの内側、道の端に寄ってゆっくりと歩きながら、二人とも互いの顔は見ず、視線は夜空に向かっている。
「わ、すごい……雲が……」
まん丸にしか見えない月を、薄い雲が淡く覆うと、月の周囲にまるで虹のような美しい色彩が縁取るようにして現れた。
「虹のようだな……」
吉羅も立ち止まって、月の周りを流れる雲が行き過ぎる様に見入っていた。


香穂子は、そんな彼の端正な横顔にちらりと視線を移す。
――白銀の月光を浴びている吉羅の姿こそ、なんとも言えずに際立って映える。
「昨日は十五夜だったそうだが、今夜はなんと称するのか知っているかね?」
「いえ。あ、でも……十五の次だから、十六日でしょうか?」
「十六夜と書いて、いざよい……と読むんだ」
「十六夜……きれいな響きですね。今、理事長から教えられて初めて知りました」
「せっかく、日本古来の美しい響きの言葉があるのだから、その呼び方をしたいものだね。無粋な外来語など使っては興醒めだ」
「そうですね……私もそう思います」
香穂子は吉羅に同意をして、彼を見た。


香穂子の家の前まで来て立ち止まった吉羅に「ありがとうございました。……嬉しかったです」と彼女は一礼した。
「今夜の月は、とても綺麗だったね」
香穂子の顔をまじまじと見つめながら、吉羅は意味ありげに笑っている。

何をわかりきったことを、と思いながら香穂子は首を傾げた。
「……わからないか。月が綺麗ですね、という語句で後で検索してみたまえ。では、おやすみ」
「えっ、あの――」
吉羅は片手を軽く振ってみせて、学院の方へと歩いて戻って行った。
その背中が小さくなるまで見ていた香穂子は、早速自室へ戻って着替えると携帯で検索を始めた。


検索した結果、香穂子はびっくり仰天する羽目になった――
それはつまり、一種の遠回しなプロポーズの言葉になるのだ。
しかも発案者は夏目漱石で、英文を婉曲にこう表現する、日本人の奥ゆかしさを表すための、創作なんだというエピソードが綴られていた。

――また、こんな思わせぶりを仕掛けてくる。
博識な彼の言葉に翻弄されて、惑わされて、あれこれと考えさせられて――
それでも、それが心地いい。
「十六夜……か」
香穂子は窓を開けて、暫し美しい月を眺めた。

こうやって、彼と同じ月日を重ねていけたら……
香穂子の胸の中に潜む、密やかな望みだった。

拍手[13回]

プロフィール
HN:
yukapi
性別:
女性
職業:
医療関係
趣味:
読書。絵を描くこと、文章を書くこと。
自己紹介:





なんだかいろいろと絵や漫画を執筆中。…吉羅理事長勝手ノベライズ+捏造小説他公開中.理事長ゆず風呂漫画3完成して一応完結しましたw





100万人の~をベースに現在の時系列で勝手ノベライズ&完全空想エロありエピソードを書いています。時に微エロ・ハードエロありですのでご注意を!







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