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Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」、漫画金色のコルダ、Vitaのゲームをベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載しています。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや、オクターヴの補完テキスト、パロディマンガ無料掲載中。一部パスワードあり
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「彼女の身上書などは、用意してくれましたか?金澤さん」
「ああ。そこに一揃いまとめてある」
「結構。では、拝見させていただきます」

理事長室の職務机に並べられた書類の束を手に取り、吉羅は日野香穂子の生徒資料を眺めていた。
個人情報保護に煩い昨今、生活指導や進路指導の用途のみに制限され、厳重な手続きを踏まないと、セキュリティ万全の資料室から容易に持ち出しもできない。
しかし、他ならぬ理事長自身による要請で、それはあっさりと吉羅の手へと渡ったのだ。


まだ斜め読みの段階だが、現在普通科二年に籍を置く彼女は、これまではヴァイオリンに手を触れたこともなかったという。
「事実ですか?」
「間違いないよ。選択授業も音楽じゃなく美術だし、部活や文化祭でも楽器演奏に携わったこともない。部活は文芸部の幽霊部員」

吉羅が細く長い指で紙をめくる音がする。
「彼女の経歴の中において、音楽的な素養は皆無に近いですね。中学までの音楽の内申評定は、大体において4。悪くはないが、常に5というわけではなかった」
「ああ。しかし、あの妖精が見えるくらいだから、間違いなく素質はあるんだろうよ」
「それはそうなのですが……」
吉羅の顔は、明らかに曇っている。
期待はずれだと言わんばかりの渋面を作り、納得しがたいのを表情に出している。

「ああ、そういや思い出したけど。いつだったか日野が言ってたんだが、小さい頃にはピアノをやってたんだと」
「ピアノ、ですか?それはどれほどの進度で?」
吉羅は、日野がピアノ習得の履歴があるということに一縷の望みを見出したらしく、声のトーンがやや上がる。

「うーん、なんだったかな。三年だか四年だかやってたらしいんだが。それも小学校の頃で、バイエル上級になってついていけなくなったんだと」
「上級ですか……やはり常道の、運指が覚束なくなったというあれですかね」
「そんなようなことも言ってたぞ。キーを押さえられなくなって、結局挫折しちまったらしい。
あいつ、背丈は確か160程度で標準的だが、手足が細くて華奢だしな。手も小さいんだよ」


日野香穂子の顔写真と、クラスの集合写真も資料として添付されているのを抜き出し、吉羅はそれを確認した。
「なるほど。確かに華奢ですね。ヴァイオリンは、案外と体力を必要とする楽器です。気力は言うまでもない。……バイエルで挫折する程度の根気で、彼女は耐えられるんでしょうかね」
吉羅は値踏みするように、日野の写真を眺めた。
まっすぐな視線をこちらに向けている少女の瞳が、輝いている。


「うーん、まあ本人はヴァイオリンを弾くのが好きでたまらないと公言しているんだよ。昔ピアノは辞めたけど、ヴァイオリンは好きだから、下手の横好きと言われても続けると言ってる」
吉羅は鼻先で軽く嗤った。


「まさに、下手の横好きそのものでしょう。この前、彼女の演奏を聞かせてもらいましたよ。
アルジェントから与えられたヴァイオリン無しでは、酷いものでした」
「その地力をアップさせるために、大学生の王崎や、同じヴァイオリン奏者の月森も日野に指導してやってるんだよ」

吉羅は、溜息をついて読み終えた資料を揃えて机に置いた。
「それが本当に彼女のためになりますかね?王崎君も月森君も、有望なヴァイオリン奏者です。特に月森君の技術は、傑出している。凡百の奏者など及ばない、卓越した技巧を持っている。その彼に、日野君の指導をさせる暇があるなら、私は彼自身の技術に磨きをかけてもらいたいですね」
にべもない言い方だった。
金澤は、肩を竦めながら強情な後輩に説得する。


「月森が、ここんとこ自分のレッスン終了後に、日野に手をかけてやってるのは確かだ。
だが、協調性に欠けてる月森にとっちゃ、俺は大いなる進歩を遂げてると思う。あいつは確かに技巧派で、高校生レベルを超越してる。プロのソリストと肩を並べるくらいだよ。しかし、あいつの音に欠けてるものがある」
「なんですか?」
「情だよ。感情ってものが、あいつの演奏には足りなかった」
「感情?くだらないですね」
吉羅は金澤の熱弁を、あっさりと一蹴した。

合理主義者で、実利を重んじ、そのためには手段を選ばない。
外資系企業の経営コンサルタントを歴任し、数々の会社建て直しに成功してきた吉羅は、
経営悪化した星奏学院の改善をするよう、ここに理事長として就任してきた。
しかし、それは吉羅の意志に基づくものではなかった。
創立者一族の直系子孫の中から、学院の危機的状況を救うに足る有能な者として、彼に白羽の矢が立てられたのだ。
半ば強制的に理事長着任を余儀なくされ、本人は不本意な仕事をさせられるといった気持ちを隠そうともしない。
ただし、それは長年の竹馬の友と言える、金澤の前でこその話だ。


「理事会でも、結局は日野に投資すると決定されたんだろ?」
「知らない間にですよ。理事長であっても、私は蚊帳の外です。見込みのなさそうな者に投資などと寝言を言ってるから、ここまで経営破綻に近いような状況を招いたというのに。それが、頭の固いお歴々にはおわかりでないようで」
憤然とした吉羅の言い分は、押し付けられた役割に対し、不本意に感じているのを剥き出しにしていた。


「ま、……おまえさんも苦労するよな。同情するぜ」
長い癖毛に手を突っ込み、無造作に頭を掻く金澤の声にからかいの調子を見出し、吉羅が鋭い視線を走らせる。
「とにかく、決まっちまったもんはしょうがないだろ。近いうち日野を連れてくるから、顔合わせくらいしてやってくれよ」
「もう彼女とは会っていますよ」
「へ?」
意外な返答に、金澤は素っ頓狂な声をあげた。


「半月ほど前でしたか。理事会が行われる直前に、私が資料を取りに学内へ入ろうとしたら、森の広場で彼女に出くわしましてね」
「そうだったのかよ。なんだよ、じゃあお互い顔は見知ってるってわけか?」
「そうですね。私はその時、次期理事長になると自己紹介しましたし。彼女は、普通科の制服でヴァイオリンケースを持っていたので、てっきり普通科の選択授業で音楽を取ってる生徒かと思いました。日野君の名は訊かなかったのですが、さっき写真を見てわかりました」
「じゃ、あいつ、見た目の割に結構芯が強いってのはわかったか?」


吉羅が、珍しく微笑を浮かべながら話を続けた。
「まあ、そうでしょうね。最初、私が背後から声かけしたのがまずかったんでしょうが、不審者を見る目で警戒心剥き出しでしたよ。怯えた栗鼠みたいでね。今にも、ヴァイオリンケースで殴りつけられるんじゃないかと、内心焦りましたよ。薄暮の時間帯でしたし、性犯罪者と疑われちゃたまらない」


多分こいつ、今自分が笑ってるのに気付いてねーよな。
金澤は、日野のことを思い出しながら語る吉羅の様子を眺めて、からかおうと思ったがやめておいた。
やれやれ、日野。おまえさん、前途多難だぞ。
しかし吉羅の奴も、俺が全部話し終えて、日野と引き合わせる算段まで日野と会ってたこと言わずじまいとは、相変わらず人の悪い野郎だ。


「ま、それは第一種接近遭遇ってことで置いといて、正式に理事長就任後の挨拶してやらにゃいかんだろ。日野に、週末ここに来るよう言っとくから、放課後時間空けとけよ、理事長様」


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