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Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」、漫画金色のコルダ、Vitaのゲームをベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載しています。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや、オクターヴの補完テキスト、パロディマンガ無料掲載中。一部パスワードあり
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『私には、確信があるんだ。君は、やがて私に感謝することになるだろう。賭けてもいい――』

理事長に就任したばかりだという、あの吉羅という男の言葉が耳から離れなかった。
傲岸不遜な、自信たっぷりの態度、そして人を見下すことを常としているらしい尊大な話しぶり。

たかが小娘の香穂子の考え方など、全てお見通しだとでもいうような断定の仕方に、今更ながら香穂子は腹が立ってきた。
横暴だと抗議した彼女の言葉など、歯牙にもかけぬといった有様で、香穂子の方こそが
毒気を抜かれてしまったような形だった。



思い立ったら吉日という言葉もあるように、香穂子は早速、放課後理事長室へと乗り込んでいった。
重そうな扉をノックすると、中から吉羅の「どうぞ」と入室を促す声が返って来る。
扉を開くと、中からコーヒーの芳香が漂ってくる。
前はデスクでふんぞり返っていた吉羅だが、この日は様子が違った。
広い理事長室の一角にあるコーヒーサーバーの前に彼がいた。

「ああ、日野君か。どうした、早速何か必要なものが出てきたのかね?」
「必要なものと言いますか……理事長がこの前仰ったことの、確認に来ました」
香穂子の憤然とした口振りからして、抗議に来たという意図を見抜いたらしく、吉羅は
唇の端で嗤った。


「なるほど、言質を取りに来たという訳か。それは賢明だね。いいだろう、君の話に付き合ってあげよう。その前に、ちょうどコーヒーを淹れていたところなんだ。君もどうかね?」
「え……あの」
「コーヒーのカフェインには、頭脳を明晰に覚醒させる効果があることは君も知っているだろう?論戦の前に飲むと効果的かもしれない。……いつまでも突っ立っていないで、ソファに座りたまえ」


言われるままソファに腰掛けると、まず香穂子の前に、高級そうなカップに注がれたコーヒーとソーサーが置かれた。
「要らないとは言わなかったね。嫌いではなければ飲んでみるといい。……ああ、そうか。君はミルクと砂糖が必要だったね。これは失敬、失念していたよ」
吉羅は香穂子の前にミルクと砂糖とスプーンを持ってきた。


「せっかく理事長様がお手ずから淹れてくださったので、ご相伴に与ることにします」
嫌味っぽくなるように言ってみたが、吉羅は余裕のある笑みで香穂子を見つめている。


「君は、酒を飲んだことがあるかね?」
唐突な話題で、香穂子はあやうく咽せてしまうところだった。
たとえ飲んだことあっても、飲んでるなんて、学院一お偉い理事長様に向かって言う訳ないでしょうが……
何考えてるんだろ、この男。

「理事長の仰ることの意味が、よくわかりませんが……一応、私は未成年です」
「別に、飲んでいたことを白状させて、処罰を与えたい訳ではないよ。私は君たちの教師ではない。ただ、人生の中で酒を知らないのは、大いなる損失だと喧伝する輩も多いが、私に言わせれば、コーヒーを知らない人生を送る方が、遥かに損をしていると思うね」


「よほど、コーヒーがお好きなんですね」
「好き……というのとは、少し違うな。もはや、ないと生活に支障をきたすレベルというか、一種の生活習慣になってしまっているからね。中毒と言っても差し支えないかもしれない」
「中毒の域ですか……」
香穂子は呆気にとられてしまいながら、いつしか吉羅のペースに嵌っていることにやっと気付いた。
意表を突くことを言い出して、論点をずらそうとしているのかもしれない。
この優男、実はかなりの策士だったと思い出し、香穂子の中で警戒心が湧き起こる。


香穂子はコーヒーを飲み干すと、吉羅に挑むように顔を見上げた。
「ところで、この前理事長が私に言ったこと、覚えてらっしゃいますよね?」
「ん?どういった内容かな?さすがに、それだけではわからない。ヒントを頼むよ」
「理事長によると、私は後日あなたに感謝するようになると。確信を持っているとも仰いました」
「……ああ、それか」
吉羅は薄く笑うと、香穂子に視線を送る。

まともに目と目がぶつかり合ってしまうが、香穂子は負けるものかとばかりに吉羅を見つめ返す。
「それで?それがどうかしたのかね?」
「その根拠は、私につけてくださる予定の指導者ですか?」
「いや、違う」
香穂子は、自分が当たりをつけていたことをあっさり否定されて、言葉に詰まってしまった。
「強いて言えば、私の勘だ」
「勘、ですか?じゃあ、根拠があったわけじゃないんじゃ……」
「勘というのも、馬鹿にしたものではないよ。人生経験に基づく類例が、データとして私の中に蓄積されている。それを、根拠のない出鱈目だと断じられたくはないね」


吉羅の鋭さと甘さの入り混じった深い瞳に見つめられると、香穂子は何故か落ち着かない気持ちになる。
あの目で、何もかもを見透かされているように思えてくる。
形にならない香穂子の中の、茫漠とした感情を掴み締められるような。


「吉羅理事長は、賭けてもいいと仰いましたよね。じゃあ、賭けませんか?」
香穂子の提案に、吉羅の整った眉が僅かに動く。
「そうだな……いいだろう、賭けは真剣勝負じゃないと、面白くないからね。で、何を賭けようか?」
香穂子はぐっと唇を噛み締めてから、吉羅に告げる。


「期限は、卒業まで。私があなたに感謝の念を持てなかったとしたら……、吉羅理事長は、コーヒーをやめてください」

言ってやったぞ、と言わんばかりに香穂子はやや引きつった笑みを浮かべる。
そこまで好きなものなら、代償として賭けに使ってもいいはずだ。

「……大胆なアイディアだね。気に入ったよ。その条件を呑もう。私の生活習慣の一部になっているコーヒーを奪うほど自信があるのなら、私からも君に賭けてもらうものを決めるよ」
「なんなりと、どうぞ」
吉羅は、いかにも楽しげに笑みを浮かべながら、それでいて目は香穂子を射るように挑発的だった。

「君が卒業までの間に、私に感謝の気持ちを持てたとしよう。その時は、君が一番大切にしているものを、私がいただくというのはどうだろう」
「一番大切な……?」
香穂子は虚を突かれて、目を瞬かせる。
「そう。いつも君が大事に持っている、あのヴァイオリンでもいいな。あるいはその弓とか。あるいは……」
香穂子の瞳を下から見据えるようにしつつ、吉羅は優雅な指先をついと香穂子に向けた。
「……君自身、とか」


あまりのことに、香穂子は二の句が告げられなくなってしまった。
頬が熱い。急速に心臓の鼓動が早まっていく。
それがどういう意味なのか、確かめるのが怖い……


「……おやおや。真っ赤だな。何を想像しているのかは知らないが」
くくっ、とおかしそうに笑い、吉羅は香穂子が赤くなっているのを指摘した。


「君が賭けるもののどれを決めるかは、私が選ぶということでいいかね?」
「い、いいわけないですっ!あの、ヴァイオリンとか、弓なんかでよければ、いくらでも差し上げられますけどっ、でも、さ、最後のは……」
「ああ、君を借り切って、一日私の仕事を手伝ってもらったりとか、そういうことを考えていたんだがね」

吉羅はにやりと笑いながら、うろたえる香穂子の顔をじっと見つめてくる。
そうではない意図を滲ませていたくせに、香穂子が追及するとあっさり逃げる。
「それ以外のことでも考えていたのかね?」
「そんなわけないですっ」
まだまだ潔癖な彼女は、吉羅の言葉遊びで嘲弄されていたのを知って、怒りを露にした。
どう考えても、彼が性的な意味合いをこめて、香穂子がそれと察知するのをからかっていたのは明白なのに。


だめだ、これ以上ここにいたら、私は結局言い負かされてしまう。
香穂子は席を立ち、吉羅に対して捨てゼリフを投げつける。
「私、もう失礼します!理事長、賭けのこと、絶対に忘れないでくださいねっ」
「忘れるわけがないよ。なんなら、言質だけじゃなく念書でも取ろうか?法的にはなんら意味は無いが」
「そうですよね、強要になります。違法ですもんね」

思いがけず香穂子の機知に富んだ返答に、吉羅は瞬間驚いた表情になり、そして次に不敵な笑いを浮かべた。
「その通りだ。念書を交わしたとしても、違法なので効力は無い。君は頭がいいんだな。この事は、お互いの胸に秘めておくのが上策というものだね」
「そのようですね。……では、失礼します」



ドアが閉まって香穂子が立ち去った途端に、吉羅は哄笑したい気持ちになった。
なかなか負けん気が強い。
あれなら、きっと伸びるかもしれない。
吉羅の挑発に対して同じように仕返してくるとは、一見華奢で折れそうに細く見える彼女の心は、案外と強靭そうだと思った。


「コーヒーをやめろ……か」
香穂子が切った期限は卒業まで。
それまでにどう彼女が変化してゆくのか、吉羅は楽しみな気持ちになった。

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