――香穂子は、ハロウィンコンサートで演奏する曲を考えていた。
しかし、ハロウィンにちなんだ曲というのはなかなか思いつかない。
コンサートではどんな曲を弾くべきなのだろうか?
ハロウィンコンサートを希望したリリに意見を聞いてみることにした。
妖精像の前に香穂子が立つと、程なくしてリリが姿を現した。
「どうしたのだ、日野香穂子?」
「あのね。リリ、ハロウィンコンサートで弾いて欲しい曲ってどんなのがいいのかなあ?」
「我々は、日野香穂子たちが一生懸命奏でる音楽なら全部嬉しいのだ!だから、お前の好きな曲を演奏してくれればいいぞ」
「そう言われちゃうと、逆に迷っちゃうんだよね……」
困惑した様子の香穂子を眺めたリリが、更に助言をくれた。
「なるほど。では、吉羅暁彦に意見を求めたらどうだ?あいつだってハロウィンコンサートの関係者なのだ。演奏者であるお前の相談には乗ってくれるはずなのだ。それに、なんだかんだ言ってもあいつは音楽についてはよく知っているからな。ハロウィンに相応しい曲はいくらでも思いつくはずなのだ!」
「うん、ありがとうリリ!じゃあ理事長にお話を聞いてみるね」
香穂子はその足で、まっすぐに理事長室へと向かった――
ドアをノックし、中へと入る。
「どうしたんだね、日野君。私に何か用事かな」
「あの、お忙しいとは思いますが、理事長に相談したいことがあって。ハロウィンコンサートで演奏する曲目について、アドバイスが欲しいんです」
香穂子はすがるような思いで吉羅を見上げた。
「……なるほど。どんな曲を弾くべきかわからないのか」
「そうなんです。リリに訊いても、なんでも嬉しいとか言われて。そうすると反対に、迷ってしまって決められなくて」
「そういう時は、違う観点から発想してみるといい。――ハロウィンといえば何を連想するかね?」
「えっ、ハロウィンで連想するもの……かぼちゃのお化けとか。魔女とか、ですか?」
吉羅の問いかけに、イメージできたものを答えた。
「それらに共通するイメージはあるかな?」
「うーん。……恐いもの?」
「『恐いもの』。だったら、恐いイメージのある曲を奏でるのが妥当だろうね。となれば、このCDが参考になるかもしれない」
吉羅は、奥のキャビネットからCDを選んで香穂子に差し出した。
「これは、クラシック音楽でも恐ろしげな雰囲気があるものを集めたCDだ。この中から気に入ったものを演奏するのもいいだろう。暫く貸すから、聴いてみるといい。――勿論、夜に聴くのはお勧めしないがね」
最後の一節を口に出しつつ、吉羅は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「眠れなくなって、翌朝赤い目で登校されては教育に携わる者としては立つ瀬がない」
「……あの。それって、なんだか……私が馬鹿にされてるような気がするんですが……」
たかが音楽のCDを聴いたくらいで、夜眠れなくなるとか。
そんな風に決め付けてかかり、香穂子を小馬鹿にしているような吉羅の視線と言葉がひっかかる。
「……馬鹿にしてなどいないよ。君こそ、音楽の持つ力を軽んじてはいけない。このCDを聴くと、音楽で恐怖というものがどこまで表現できるのかがよくわかる。その上、君は演奏者だ。豊かな感受性で、曲の持つイメージをよりはっきりと感じ取れるだろう。……となれば、曲を聴いて恐ろしさに震えるのも、あり得ない話ではないと思うがね」
香穂子は、吉羅に渡されたCDと彼の整った顔とに交互に視線をやった。
「因みに、私の一押しは『カルミナ・ブラーナ』の序奏、『全世界の支配者なる運命の女神』だ。運命に翻弄される人々について、巧みに表現された歌もついている。CDのブックレットにも原文の歌詞が記載されている。気になるようなら図書館で和訳した内容や解釈を調べてみるといい。より深く曲を理解することができるだろうからね」
「……はい。じゃあ、そうしてみたいと思います」
「まあ、私の話はあくまでも参考にすぎない。ハロウィンコンサートの演奏曲は日野君自身が気に入った曲を演奏したまえ。……勿論、君が気に入れば『カルミナ・ブラーナ』の序奏にしてくれても構わないがね」
香穂子は、聴くまでもなく、吉羅が「一押しだ」と勧めてくれたその曲にしようと思っていた。
彼が香穂子を思ってのアドバイスをくれたのだから、せっかくの助言を無碍になどしたくない。
だから、是非ともその曲にしたかった。
「なんにせよ、コンサートで君が素晴らしい演奏を聴かせてくれるのを期待しているよ」
「――はい。精一杯頑張って、理事長のご期待に応えたいと思います。――アドバイス、ありがとうございました。家に帰って、早速お借りしたCDを聴いてみます」
香穂子はお礼を言って頭を下げると、理事長室を後にした。
吉羅が個人的に貸してくれたCD。
これをよく聴き込んで、そして彼の言ってくれたように歌詞の内容も調べてみたい。
彼の勧めに従うことは、即ち彼が示してくれた好意に応えるという意味にもなる。
彼との話題が広がり、より深い話ができるのなら。
自分の好む音楽に香穂子が理解を示したのなら、きっと彼だって嬉しいと思ってくれる……はず。
香穂子は急いで家路につき、自室に入ると早速吉羅から貸してもらったCDに耳を傾けた。
まずは、彼の勧める「カルミナ・ブラーナの序奏」から――
冒頭の重厚な部分を耳にしただけで、すぐにこれはどこかで聴いた覚えがあると思った。
CMとか、テレビ番組や映画音楽等の効果音で使われていたのを思い出した。
――なるほど、これは吉羅が言っていたように、恐怖を表現するのに相応しい音楽だと感じた。
ハロウィンコンサートに弾くのはこれに決めようと直感した。
すると、楽譜を取り寄せなくてはならない。
きっと学校の音楽室に行けばあるはずだから、明日にでも探してコピーさせてもらおう。
それから、図書館で歌詞の内容を調べてみたい。
現代音楽としてはとても著名な曲のようだから、きっと資料は見つかるはずだ。
吉羅が助言してくれたことを取り入れることで、彼の期待に応えたい。
そんな想いが香穂子の胸を弾ませてやまなかった。
(第二段階に続く)
これ…書く側の私が、結構勉強しないとならないなと思いました(´・ω・`)
単純にテキストを書き写すだけで一時間半。間の理事長や香穂子ちゃんの台詞や表情を補完するのに更に一時間。
カルミナ・ブラーナについて調べること…数時間。
ネットで検索すれば出てくるんですが、香穂子ちゃんの乙女の心情としては、安易にネット検索するよりも、吉羅理事長に勧められた通りに図書館で調べ学習したいですよね。
私が香穂子ちゃんならそうする(´・ω・`)
ということで思わぬ労作になってしまいました。
第二段階もノベライズするのに、かなりな時間がかかりそうです…腰が痛い(´・ω・`)