Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」、漫画金色のコルダ、Vitaのゲームをベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載しています。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや、オクターヴの補完テキスト、パロディマンガ無料掲載中。一部パスワードあり
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香穂子は新学期早々に生理が来てしまって憂鬱な気分になっていた。
実際、始業式の後は放課後に吉羅に呼び出されていたのだが、生理が来てしまったとメールをすると、体を労わるようにと告げられた。
そのかわりに生理が終わったら知らせるようにとのことで、おそらく週明けの成人の日くらいには香穂子を抱くつもりでいるのかもしれない。
三年生のいない隙を狙い、ファーストフードで一・二年のコンクールメンバーが集まって謝恩会の作戦会議をする。
加地がリーダーシップをとっているが、演奏したい曲や構成などをみんなで話し合う。
受験で多忙な三年生は既に自由登校に入っているが、神出鬼没な柚木などはどこから現れるかわからない。
集まれるメンバーだけで合奏や練習などもするために、練習室を予約したり、にわかに香穂子の周辺は活気付いていた。
週末にとりあえず土浦のピアノに合わせて弾いてみるが、違和感なくすっと馴染む気がする。
香穂子の技術も向上しているせいもあるが、土浦が香穂子に歩み寄ってくれている部分が大きいと思う。
二人で練習室で弾いたあと、土浦が遠慮がちに香穂子に話しかける。
「日野、こないだは悪かったな」
「え?……なんで?」
「いや、俺突然変なこと言い出しちまって」
「変?変なことなんてあったっけ?」
香穂子は首を傾げると、土浦はますます様子がおかしくなった。
「……あのさ。俺の勘違いかもしれないし、間違ってたら悪いけど、……おまえ、理事長のこと好きなんじゃないか?」
途端に、急激に鼓動が早まっていく。
咄嗟のことで頭の中が真っ白になった。
吉羅との関係を勘繰られるような態度が滲んでいたのだろうか。
それはいつ、どこでなのか。
「わ……からない……」
香穂子はうつむいて、しかし今の自分の本心を話したつもりだった。
「わからないって……なんだよ」
土浦はやや苛立ち混じりの口調で吐き捨てるように言った。
「おまえが理事長を見てる様子とか、態度とかでなんとなくわかるよ。好きじゃないのかよ?」
「だから、わからないの……」
香穂子の曖昧な言動に土浦は業を煮やしたらしく、彼女に近づいた。
「好きじゃないんなら、そう言うよな。やっぱり好きなのかよ?」
やめて、それ以上言わないで。
自分でも自分がわからなくて混乱しているんだから……
「日野。……俺は、おまえのことが好きだ」
突然の告白に、香穂子は驚いて顔を上げた。
「火原先輩もそうだけど、……加地もおまえのこと好きだって、気付いてんだろ?もっとも加地の場合は近くにいて口説き落とそうとして必死みたいだけどな」
香穂子は土浦のまっすぐな視線を受け止めていることが辛くて、瞳を伏せてしまう。
「誰にも取られたくないんだよ。……日野!」
いきなり香穂子は土浦に抱きしめられてしまった。
物凄い力で腕が体に廻り、強引に唇を奪われてしまう。
……いや!
違う、これはあの人とは違う。
あの人は強引なようでいて、もっと優しくて、そして……
土浦の腕が緩んだ隙にその胸を突き飛ばすようにして、香穂子はヴァイオリンケースとレッスンバッグを持ち、練習室を飛び出した。
違う……違う。
私が求めてるのは、もっと……
息を切らしながら理事長室のドアをノックし、中に入る。
机で書類に向かっていた吉羅が、香穂子の尋常ではない様子を見て立ち上がった。
「日野君?……どうしたんだね?」
逃げるように走ってきたせいで、香穂子は息があがってしまって喋れない。
「どうしたんだ?走って来たのか?なにか困ったことでも……?」
言われた途端に、吉羅の胸に飛び込んでしまった。
動揺と驚愕と焦燥、混乱。
ここに来ることしか思い浮かばなかった。
震えている体をしっかりと抱きしめられて、背中を優しくさすられる。
「落ち着いたらでいいから、なにがあったのか話してくれないか?……こんなに震えている。誰かに、なにか嫌なことでもされたのか?」
いつになく優しい調子の吉羅の声音とあたたかな胸を感じると、香穂子は少しだけ落ち着きを取り戻した。
「土浦君と……練習してたら、突然……好きだって言われて」
「土浦君が……そうか」
「……無理やり、抱きしめられて……キス、されて……」
香穂子の体を抱きとめる吉羅の腕の力が強くなった。
「でも、驚いて逃げてきてしまって……それ以上のことはされなかったけど、怖くて……」
「……そうだったのか。で、……他には、彼は?」
「私が、理事長のことを好きなんじゃないのかって詰め寄られたんです」
「君はなんと?」
「……何も言えませんでした。……だって、理事長が好きだと言ってしまえば……こうしていることが、バレたりするかもしれないし」
「彼は、なかなか勘が鋭いんだな。ただの体育会系の筋肉馬鹿ではないということか」
辛辣な吉羅の言葉に唖然として、香穂子が彼の顔を見上げる。
「私が君の体と引き換えに支援をしているという形ではなくても、交際や会っていることがバレては困るということか?……私は、ある程度覚悟はしているよ」
吉羅の言っている意味が一度ではわからない。
「わからないといった顔だね。大っぴらに公表することでも、吹聴して廻ることでもないが、
もしどこかから知られたとしても隠すつもりはない。その時は、その時だ」
吉羅が自嘲めいた皮肉っぽい笑い方をしているのを見て、香穂子はやっぱりこの男の方こそ理解しきれないのだと改めて思った。
表面の端正さや折り目正しさの裏には、なにか測り知れないどす黒い闇のようなものを抱えている。
今も香穂子に言ってのけたように、虚無感や自己破壊願望のようなものさえ感じる。
サディスティックな言動や行動の陰には、望んでいる立場ではない、押し付けられた理事長職への反発めいたものも感じた。
「……怖くないんですか?世間からの非難とか、批判とか」
「世間?……そんなものを気にしてなんになる?」
くっ、と喉の奥からいかにもおかしそうに吉羅が嗤う。
「世間が一体、私たちになにをしてくれる?自分達とは縁なき衆生の、訳のわからない繰り言に付き合えと?お断りだね。自分のしたいことさえできずに人生を曲げられてきて、この上得体の知れないなにかに縛られるなど、真っ平御免だ」
香穂子は、強い口調で話し続ける吉羅の言葉とその内容に恐れを抱いて、吉羅から離れようとした。
なのに強靭な腕で抱きすくめられていて、その胸の中から抜け出せない。
いくら混乱していたからといって、やっぱりこの男のところに飛び込んできたのは間違いだったのかもしれない。
例えば、金澤の元へ絶対に内緒だということで相談しに行けばよかったのに。
……金澤なら、土浦にキスされたことは吉羅には伝えないでくれと言えば相談に応じてくれたかもしれない。
もしも吉羅に体を任せている現状を金澤に伝えて、それでも口止めをすれば金澤に余計な負担と心労をかけることになる。
仮に金澤が吉羅に直接抗議をするようなことでもあれば、例え二人が十年来の親友でも決裂してしまうようなことになりかねない。
「……それにしても、君は罪作りだな。土浦君が前から日野君に好意を抱いていることは気付いていたが、加地君と火原君も、君に夢中だね。……ああ、月森君もか」
「そんな……」
話の風向きが変わってきてしまった。
「君は、無意識のうちに男に自分を好いていると思わせる言動をしているんだろう」
「そんな、私、そんなことしてるつもりありません」
思わず抗議の声をあげる香穂子に向かい、吉羅が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ほら、そこだ。――自覚がないから、余計にタチが悪い。それを指して、人はなんと言うか知っているかね?」
「……知りません」
「蠱惑……と言うんだ。ある程度の知識層なら知っているべき言葉だ。君自身与り知らぬところで、男を惑わせる。惑わすだけならいいが、時には狂わせる。私も、どうやらその一人になりそうかな」
「……なんだか、私が物凄い悪女のように聞こえますが……」
「自覚がないなら、立派な悪女だよ。姿形も、年齢も関係ない。君はそういう女なんだ。この前にも言っただろう?」
自分がこんなことをするのは香穂子のせいだと言わんばかりの吉羅の言い分に、つい反発したくなってしまう。
「……もう……離してください。……おかげさまで、落ち着きましたから」
「土浦君に、キスをされたと言っていたね。――それは、こんな風に?」
香穂子の顎を捉えると、深く舌が入り込み、唇の内側や歯の裏側、頬の内側までをも縦横に這い回られる。
いつになく情熱的で、そして繊細に長いキスが続けられた。
数分間もそうされ続けて、やっと唇が解放された時には香穂子は目眩がしそうなほどになっていた。
これに馴らされてしまったのだから、他の男性に違和感を覚えてしまうのが当たり前かもしれない。
「まだ、生理は終わっていないんだな?いつ頃に終わるんだね?」
「……明後日には、もう……」
「わかった。では、明後日に会おう。その日は休めるから」
「……あの……」
香穂子は言いにくそうに、吉羅に話しかけた。
「このことで、土浦君を処分とか、そういうのはしないでくださいね」
ふっと吉羅が鼻先で嗤った。
「青臭い小僧のしそうなことだな……安心したまえ。私は、そこまで狭量ではないつもりだからね。ただ、もう彼に限らず、遅い時間に男子生徒と二人きりになることはよしたまえ」
これから謝恩会の練習等で、集まらなければならない時もあるというのに。
事実上無理な気がすると思いながらも彼の顔を見返して、香穂子は黙っていた。
「返事は?」
吉羅の声が低められ、有無を言わせぬ権高な響きが混じる。
「……はい」
香穂子はヴァイオリンケースとレッスンバッグを持ち、自分の教室へと戻って行った。
すると、香穂子の席の近くに土浦がいたので驚いてしまった。
「……日野、ごめん。俺が悪かったよ。恥ずかしい真似しちまって、ごめんな……」
「……そんな、いいよ……」
「ごめん。忘れてくれ。無茶なこと言ってんのはわかってるけど」
「……そうしましょう。私も忘れる。だから土浦君も忘れてよ。ねっ」
「加地に知られたら、俺殺されそうだな……」
「忘れたんじゃないの?」
「って、もうやめた!忘れよう、ほんとマジで悪い!じゃあなっ」
土浦は、言いたいことを言うと駆け出していってしまった。
直情径行型のわかりやすい態度と言葉を見ていると、ある意味ほっとしてしまう。
それに比べて、吉羅のわかりにくいことと言ったらない。
近づけるかと思うと遠くなるような気がする。
優しいことを言ったりしたりするくせに、時に冷酷と言っていいほどの言動を平気でぶつけてくる。
わからないから、わかりたいと思う。
この気持ちが恋と言うのなら、自分は吉羅に恋しているのだろうか?
惑わされて翻弄されているから執着しているだけで、きっと土浦のようにストレートな男にだったら、こんな感情もないだろうと思った。
読めない男と関係を持って継続している以上、ずっとこうして悩まされるしかないのだろうか……
実際、始業式の後は放課後に吉羅に呼び出されていたのだが、生理が来てしまったとメールをすると、体を労わるようにと告げられた。
そのかわりに生理が終わったら知らせるようにとのことで、おそらく週明けの成人の日くらいには香穂子を抱くつもりでいるのかもしれない。
三年生のいない隙を狙い、ファーストフードで一・二年のコンクールメンバーが集まって謝恩会の作戦会議をする。
加地がリーダーシップをとっているが、演奏したい曲や構成などをみんなで話し合う。
受験で多忙な三年生は既に自由登校に入っているが、神出鬼没な柚木などはどこから現れるかわからない。
集まれるメンバーだけで合奏や練習などもするために、練習室を予約したり、にわかに香穂子の周辺は活気付いていた。
週末にとりあえず土浦のピアノに合わせて弾いてみるが、違和感なくすっと馴染む気がする。
香穂子の技術も向上しているせいもあるが、土浦が香穂子に歩み寄ってくれている部分が大きいと思う。
二人で練習室で弾いたあと、土浦が遠慮がちに香穂子に話しかける。
「日野、こないだは悪かったな」
「え?……なんで?」
「いや、俺突然変なこと言い出しちまって」
「変?変なことなんてあったっけ?」
香穂子は首を傾げると、土浦はますます様子がおかしくなった。
「……あのさ。俺の勘違いかもしれないし、間違ってたら悪いけど、……おまえ、理事長のこと好きなんじゃないか?」
途端に、急激に鼓動が早まっていく。
咄嗟のことで頭の中が真っ白になった。
吉羅との関係を勘繰られるような態度が滲んでいたのだろうか。
それはいつ、どこでなのか。
「わ……からない……」
香穂子はうつむいて、しかし今の自分の本心を話したつもりだった。
「わからないって……なんだよ」
土浦はやや苛立ち混じりの口調で吐き捨てるように言った。
「おまえが理事長を見てる様子とか、態度とかでなんとなくわかるよ。好きじゃないのかよ?」
「だから、わからないの……」
香穂子の曖昧な言動に土浦は業を煮やしたらしく、彼女に近づいた。
「好きじゃないんなら、そう言うよな。やっぱり好きなのかよ?」
やめて、それ以上言わないで。
自分でも自分がわからなくて混乱しているんだから……
「日野。……俺は、おまえのことが好きだ」
突然の告白に、香穂子は驚いて顔を上げた。
「火原先輩もそうだけど、……加地もおまえのこと好きだって、気付いてんだろ?もっとも加地の場合は近くにいて口説き落とそうとして必死みたいだけどな」
香穂子は土浦のまっすぐな視線を受け止めていることが辛くて、瞳を伏せてしまう。
「誰にも取られたくないんだよ。……日野!」
いきなり香穂子は土浦に抱きしめられてしまった。
物凄い力で腕が体に廻り、強引に唇を奪われてしまう。
……いや!
違う、これはあの人とは違う。
あの人は強引なようでいて、もっと優しくて、そして……
土浦の腕が緩んだ隙にその胸を突き飛ばすようにして、香穂子はヴァイオリンケースとレッスンバッグを持ち、練習室を飛び出した。
違う……違う。
私が求めてるのは、もっと……
息を切らしながら理事長室のドアをノックし、中に入る。
机で書類に向かっていた吉羅が、香穂子の尋常ではない様子を見て立ち上がった。
「日野君?……どうしたんだね?」
逃げるように走ってきたせいで、香穂子は息があがってしまって喋れない。
「どうしたんだ?走って来たのか?なにか困ったことでも……?」
言われた途端に、吉羅の胸に飛び込んでしまった。
動揺と驚愕と焦燥、混乱。
ここに来ることしか思い浮かばなかった。
震えている体をしっかりと抱きしめられて、背中を優しくさすられる。
「落ち着いたらでいいから、なにがあったのか話してくれないか?……こんなに震えている。誰かに、なにか嫌なことでもされたのか?」
いつになく優しい調子の吉羅の声音とあたたかな胸を感じると、香穂子は少しだけ落ち着きを取り戻した。
「土浦君と……練習してたら、突然……好きだって言われて」
「土浦君が……そうか」
「……無理やり、抱きしめられて……キス、されて……」
香穂子の体を抱きとめる吉羅の腕の力が強くなった。
「でも、驚いて逃げてきてしまって……それ以上のことはされなかったけど、怖くて……」
「……そうだったのか。で、……他には、彼は?」
「私が、理事長のことを好きなんじゃないのかって詰め寄られたんです」
「君はなんと?」
「……何も言えませんでした。……だって、理事長が好きだと言ってしまえば……こうしていることが、バレたりするかもしれないし」
「彼は、なかなか勘が鋭いんだな。ただの体育会系の筋肉馬鹿ではないということか」
辛辣な吉羅の言葉に唖然として、香穂子が彼の顔を見上げる。
「私が君の体と引き換えに支援をしているという形ではなくても、交際や会っていることがバレては困るということか?……私は、ある程度覚悟はしているよ」
吉羅の言っている意味が一度ではわからない。
「わからないといった顔だね。大っぴらに公表することでも、吹聴して廻ることでもないが、
もしどこかから知られたとしても隠すつもりはない。その時は、その時だ」
吉羅が自嘲めいた皮肉っぽい笑い方をしているのを見て、香穂子はやっぱりこの男の方こそ理解しきれないのだと改めて思った。
表面の端正さや折り目正しさの裏には、なにか測り知れないどす黒い闇のようなものを抱えている。
今も香穂子に言ってのけたように、虚無感や自己破壊願望のようなものさえ感じる。
サディスティックな言動や行動の陰には、望んでいる立場ではない、押し付けられた理事長職への反発めいたものも感じた。
「……怖くないんですか?世間からの非難とか、批判とか」
「世間?……そんなものを気にしてなんになる?」
くっ、と喉の奥からいかにもおかしそうに吉羅が嗤う。
「世間が一体、私たちになにをしてくれる?自分達とは縁なき衆生の、訳のわからない繰り言に付き合えと?お断りだね。自分のしたいことさえできずに人生を曲げられてきて、この上得体の知れないなにかに縛られるなど、真っ平御免だ」
香穂子は、強い口調で話し続ける吉羅の言葉とその内容に恐れを抱いて、吉羅から離れようとした。
なのに強靭な腕で抱きすくめられていて、その胸の中から抜け出せない。
いくら混乱していたからといって、やっぱりこの男のところに飛び込んできたのは間違いだったのかもしれない。
例えば、金澤の元へ絶対に内緒だということで相談しに行けばよかったのに。
……金澤なら、土浦にキスされたことは吉羅には伝えないでくれと言えば相談に応じてくれたかもしれない。
もしも吉羅に体を任せている現状を金澤に伝えて、それでも口止めをすれば金澤に余計な負担と心労をかけることになる。
仮に金澤が吉羅に直接抗議をするようなことでもあれば、例え二人が十年来の親友でも決裂してしまうようなことになりかねない。
「……それにしても、君は罪作りだな。土浦君が前から日野君に好意を抱いていることは気付いていたが、加地君と火原君も、君に夢中だね。……ああ、月森君もか」
「そんな……」
話の風向きが変わってきてしまった。
「君は、無意識のうちに男に自分を好いていると思わせる言動をしているんだろう」
「そんな、私、そんなことしてるつもりありません」
思わず抗議の声をあげる香穂子に向かい、吉羅が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「ほら、そこだ。――自覚がないから、余計にタチが悪い。それを指して、人はなんと言うか知っているかね?」
「……知りません」
「蠱惑……と言うんだ。ある程度の知識層なら知っているべき言葉だ。君自身与り知らぬところで、男を惑わせる。惑わすだけならいいが、時には狂わせる。私も、どうやらその一人になりそうかな」
「……なんだか、私が物凄い悪女のように聞こえますが……」
「自覚がないなら、立派な悪女だよ。姿形も、年齢も関係ない。君はそういう女なんだ。この前にも言っただろう?」
自分がこんなことをするのは香穂子のせいだと言わんばかりの吉羅の言い分に、つい反発したくなってしまう。
「……もう……離してください。……おかげさまで、落ち着きましたから」
「土浦君に、キスをされたと言っていたね。――それは、こんな風に?」
香穂子の顎を捉えると、深く舌が入り込み、唇の内側や歯の裏側、頬の内側までをも縦横に這い回られる。
いつになく情熱的で、そして繊細に長いキスが続けられた。
数分間もそうされ続けて、やっと唇が解放された時には香穂子は目眩がしそうなほどになっていた。
これに馴らされてしまったのだから、他の男性に違和感を覚えてしまうのが当たり前かもしれない。
「まだ、生理は終わっていないんだな?いつ頃に終わるんだね?」
「……明後日には、もう……」
「わかった。では、明後日に会おう。その日は休めるから」
「……あの……」
香穂子は言いにくそうに、吉羅に話しかけた。
「このことで、土浦君を処分とか、そういうのはしないでくださいね」
ふっと吉羅が鼻先で嗤った。
「青臭い小僧のしそうなことだな……安心したまえ。私は、そこまで狭量ではないつもりだからね。ただ、もう彼に限らず、遅い時間に男子生徒と二人きりになることはよしたまえ」
これから謝恩会の練習等で、集まらなければならない時もあるというのに。
事実上無理な気がすると思いながらも彼の顔を見返して、香穂子は黙っていた。
「返事は?」
吉羅の声が低められ、有無を言わせぬ権高な響きが混じる。
「……はい」
香穂子はヴァイオリンケースとレッスンバッグを持ち、自分の教室へと戻って行った。
すると、香穂子の席の近くに土浦がいたので驚いてしまった。
「……日野、ごめん。俺が悪かったよ。恥ずかしい真似しちまって、ごめんな……」
「……そんな、いいよ……」
「ごめん。忘れてくれ。無茶なこと言ってんのはわかってるけど」
「……そうしましょう。私も忘れる。だから土浦君も忘れてよ。ねっ」
「加地に知られたら、俺殺されそうだな……」
「忘れたんじゃないの?」
「って、もうやめた!忘れよう、ほんとマジで悪い!じゃあなっ」
土浦は、言いたいことを言うと駆け出していってしまった。
直情径行型のわかりやすい態度と言葉を見ていると、ある意味ほっとしてしまう。
それに比べて、吉羅のわかりにくいことと言ったらない。
近づけるかと思うと遠くなるような気がする。
優しいことを言ったりしたりするくせに、時に冷酷と言っていいほどの言動を平気でぶつけてくる。
わからないから、わかりたいと思う。
この気持ちが恋と言うのなら、自分は吉羅に恋しているのだろうか?
惑わされて翻弄されているから執着しているだけで、きっと土浦のようにストレートな男にだったら、こんな感情もないだろうと思った。
読めない男と関係を持って継続している以上、ずっとこうして悩まされるしかないのだろうか……
プロフィール
HN:
yukapi
性別:
女性
職業:
派遣社員だけどフルタイム 仕事キツい
趣味:
読書。絵を描くこと、文章を書くこと。
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