Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」、漫画金色のコルダ、Vitaのゲームをベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載しています。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや、オクターヴの補完テキスト、パロディマンガ無料掲載中。一部パスワードあり
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「――失礼します」
僕は叔父との対面を終えて校長室から出た。
僕が作成した文例は無事に叔父の許可が下りた。
後は本番で勝手に内容を変更しないこと(時々、そういったへそ曲がりな生徒が出るらしい)と念を押された。
あまり長い内容ではなく、といって短すぎないようにとの講釈を受けた。
僕が入試で成績一位だったというのは事実だったらしい。
入試の答案を見せてもらって確認したいと言った僕に、叔父は快諾し職員室から僕の答案用紙を持ってこさせたのだ。
平均点や、二位以下の生徒の点数等も見せられては疑いようがない。
勿論、それらの氏名等の個人情報を伏せてはあったが……。
入試にも「コネは通用しない」と姉から言われたのに、面倒な役柄を避けたいばかりに、ここぞと叔父の権威を利用してしまった自分が嫌で、忸怩たる気持ちになった。
もうじき入学が近いのだし、僕は一応真新しい制服を着用してここへ来た。
姉は春休み中でも自主練習に励むために音楽棟に通っている。
入試に関するあれこれで、校内見学の経験はあったが、僕は自分ひとりであちこちを巡って見物してみたくなった。
音楽科のある音楽棟。
普通科とは渡り廊下で繋がれてはいるものの、ほぼ完全な別世界だ。
制服からしてまるっきり別物だし、同じ敷地内に普通科棟があるというだけの話だ。
体育祭や文化祭等の大きな行事でもなければ、滅多に両者の交流はないと言われている。
そもそも音楽科の生徒は、体育祭も「生徒の自主性に任せる」という名目での自由参加だ。
それはそうだろう、ありとあらゆる楽器を操る生徒たちなのだ、もし万が一体育祭に出て、怪我でもしては本来の学業に支障が出る。
それでは本末転倒だ……
それにしても、この建築物は本当に凝っていると感心させられる。
世間にありふれた無個性な学校とは一線を隔している……
僕の曽祖父がここを創る時に、校内のかなりな細部に亘っても神経をゆき届かせたのだろう。
僕がぼんやりと考えながら廊下を歩いて角を曲がると、目の前に突如大男が現れた。
大声で、気持ちよさそうに「サンタルチア」なんか歌っている。
そいつは僕のことをろくに見もせず、上を向きつつまっすぐにこちらに向かって歩いてくるではないか。
「――痛っ」
僕はそいつを避けず、わざとぶつかった。
肩先だけ触れるつもりでいたのが、思いの他そいつの当たりが強かったせいで、僕は廊下に尻餅をついてしまった――
「うあ?……わりいわりい、ぶつかっちまったな」
その男は、僕に向かって手を差し出してきた。
僕は赤いタイだが、そいつは青いタイ……姉と同じ学年だ。
つまりは新三年生というわけだ。
僕はその手を無視し、立ち上がった。
「生憎ですが、男の手を握る趣味はありませんので」
そう言って服についただろう汚れを払うと、そいつは素っ頓狂な声をあげた。
「あのなあ。俺だってそんな趣味はねーよ。……見ない顔だな。今度の一年生か?」
「お察しの通りです」
「へえ……」
そいつは、不躾に僕の顔や体をじろじろと眺めているではないか。
言ってることとやってることが違うぞ、こいつ。
男に、いや僕に興味津々といった無遠慮な視線に不快感しかなかった。
「新入生ちゃんが、入学前になんの用事なんだ?」
「学校見学をしに来ただけですが。何かいけないんですか?」
まさか「僕は新入生代表に選ばれたので、入学式に読み上げるはずの草稿を確認しに来た」などと真正直に告げる馬鹿はいまい。
「いや、別にいけなかねーけどよ……どーもいちいち、突っかかってくるよなあ、お前さん」
どこか不服そうにしているその男が、僕よりも高い位置から見下ろしている。
突っかかるも何も、こいつの方が先に僕に当たっておきながら、ろくろく謝りもしないのだ。
僕は咄嗟の弾みで廊下に尻餅をついてしまって、とんだ恥ずかしい様を晒してしまった。
「人にぶつかっておいて、謝罪の言葉もないとは。いくら後輩に対してとはいえ、失礼なんじゃないんですか?――先輩?」
僕は挑発的な言葉を放ち、そいつの暢気そうな顔を見上げた。
「へ?俺、謝ったじゃねーかよ。わりいってよ」
「じゃあ、僕が出会いがしらにあなたに体当たりを食わせて転ばせたとしますね?そこで僕が『あっ、わりいわりい』と今のあなたのように軽く言って済ませようとしたら?あなた、それを許せますか?」
そいつは暫し考え込んでいるようで、渋面になってしまった。
「あー、はいはい。ぶつかってゴメンナサイ」
仕方なさそうに謝罪の言葉を口に出すそいつは、どこか陽気な一本抜けたような顔つきをしている。
わかればいいんだ。
いくら先輩だからって、後輩を転ばしておいてそのままというのは道理が通らない。
大体、僕の方が彼よりもずっと体の作りが小さいのだ。
僕は少しの満足感を得て、音楽棟から引き返す潮時と見て踵を返そうとした。
「あっ、ちょっと待てよおい」
「まだ何かご用でも?」
「いや……あのさ。どっかでお前の顔見た覚えがあるんだよな。でも、どこだっけ……どっかで会ってるような気が……」
僕は悪寒に襲われてしまった。
こいつ、まさか本当にそっちの趣味があって、僕を口説こうとしてるんじゃあるまいな?
そんな危機感に衝き動かされた僕は、その場から脱兎のごとく駆け出した。
「ちょっと!おい、お前――」
男のテノールの響きを無視し、僕は一目散に逃走した。
僕は校内から出て、乱れた息が静まるのを待った。
周囲をぐるりと見回して、警戒することも怠らない……さっきの大男がここまで追ってきてはいないのを確認する。
見も知らない女の子に突然告白されたりするのは何度もあったが、それに何よりも、中学生の頃に女の子と間違われてナンパと痴漢とに遭ったことがトラウマになっている。
僕を男と知った上で、男に迫られるのはこれが初めてだ。
本能的な恐怖しかない。
――まったく、今日はなんて日だ――
入学式の予行練習とやらがある来週まで、もうこの学校には近寄らないのが正解だ。
情けない話なので、姉にも言えやしないし、言いたくもない……
僕は叔父との対面を終えて校長室から出た。
僕が作成した文例は無事に叔父の許可が下りた。
後は本番で勝手に内容を変更しないこと(時々、そういったへそ曲がりな生徒が出るらしい)と念を押された。
あまり長い内容ではなく、といって短すぎないようにとの講釈を受けた。
僕が入試で成績一位だったというのは事実だったらしい。
入試の答案を見せてもらって確認したいと言った僕に、叔父は快諾し職員室から僕の答案用紙を持ってこさせたのだ。
平均点や、二位以下の生徒の点数等も見せられては疑いようがない。
勿論、それらの氏名等の個人情報を伏せてはあったが……。
入試にも「コネは通用しない」と姉から言われたのに、面倒な役柄を避けたいばかりに、ここぞと叔父の権威を利用してしまった自分が嫌で、忸怩たる気持ちになった。
もうじき入学が近いのだし、僕は一応真新しい制服を着用してここへ来た。
姉は春休み中でも自主練習に励むために音楽棟に通っている。
入試に関するあれこれで、校内見学の経験はあったが、僕は自分ひとりであちこちを巡って見物してみたくなった。
音楽科のある音楽棟。
普通科とは渡り廊下で繋がれてはいるものの、ほぼ完全な別世界だ。
制服からしてまるっきり別物だし、同じ敷地内に普通科棟があるというだけの話だ。
体育祭や文化祭等の大きな行事でもなければ、滅多に両者の交流はないと言われている。
そもそも音楽科の生徒は、体育祭も「生徒の自主性に任せる」という名目での自由参加だ。
それはそうだろう、ありとあらゆる楽器を操る生徒たちなのだ、もし万が一体育祭に出て、怪我でもしては本来の学業に支障が出る。
それでは本末転倒だ……
それにしても、この建築物は本当に凝っていると感心させられる。
世間にありふれた無個性な学校とは一線を隔している……
僕の曽祖父がここを創る時に、校内のかなりな細部に亘っても神経をゆき届かせたのだろう。
僕がぼんやりと考えながら廊下を歩いて角を曲がると、目の前に突如大男が現れた。
大声で、気持ちよさそうに「サンタルチア」なんか歌っている。
そいつは僕のことをろくに見もせず、上を向きつつまっすぐにこちらに向かって歩いてくるではないか。
「――痛っ」
僕はそいつを避けず、わざとぶつかった。
肩先だけ触れるつもりでいたのが、思いの他そいつの当たりが強かったせいで、僕は廊下に尻餅をついてしまった――
「うあ?……わりいわりい、ぶつかっちまったな」
その男は、僕に向かって手を差し出してきた。
僕は赤いタイだが、そいつは青いタイ……姉と同じ学年だ。
つまりは新三年生というわけだ。
僕はその手を無視し、立ち上がった。
「生憎ですが、男の手を握る趣味はありませんので」
そう言って服についただろう汚れを払うと、そいつは素っ頓狂な声をあげた。
「あのなあ。俺だってそんな趣味はねーよ。……見ない顔だな。今度の一年生か?」
「お察しの通りです」
「へえ……」
そいつは、不躾に僕の顔や体をじろじろと眺めているではないか。
言ってることとやってることが違うぞ、こいつ。
男に、いや僕に興味津々といった無遠慮な視線に不快感しかなかった。
「新入生ちゃんが、入学前になんの用事なんだ?」
「学校見学をしに来ただけですが。何かいけないんですか?」
まさか「僕は新入生代表に選ばれたので、入学式に読み上げるはずの草稿を確認しに来た」などと真正直に告げる馬鹿はいまい。
「いや、別にいけなかねーけどよ……どーもいちいち、突っかかってくるよなあ、お前さん」
どこか不服そうにしているその男が、僕よりも高い位置から見下ろしている。
突っかかるも何も、こいつの方が先に僕に当たっておきながら、ろくろく謝りもしないのだ。
僕は咄嗟の弾みで廊下に尻餅をついてしまって、とんだ恥ずかしい様を晒してしまった。
「人にぶつかっておいて、謝罪の言葉もないとは。いくら後輩に対してとはいえ、失礼なんじゃないんですか?――先輩?」
僕は挑発的な言葉を放ち、そいつの暢気そうな顔を見上げた。
「へ?俺、謝ったじゃねーかよ。わりいってよ」
「じゃあ、僕が出会いがしらにあなたに体当たりを食わせて転ばせたとしますね?そこで僕が『あっ、わりいわりい』と今のあなたのように軽く言って済ませようとしたら?あなた、それを許せますか?」
そいつは暫し考え込んでいるようで、渋面になってしまった。
「あー、はいはい。ぶつかってゴメンナサイ」
仕方なさそうに謝罪の言葉を口に出すそいつは、どこか陽気な一本抜けたような顔つきをしている。
わかればいいんだ。
いくら先輩だからって、後輩を転ばしておいてそのままというのは道理が通らない。
大体、僕の方が彼よりもずっと体の作りが小さいのだ。
僕は少しの満足感を得て、音楽棟から引き返す潮時と見て踵を返そうとした。
「あっ、ちょっと待てよおい」
「まだ何かご用でも?」
「いや……あのさ。どっかでお前の顔見た覚えがあるんだよな。でも、どこだっけ……どっかで会ってるような気が……」
僕は悪寒に襲われてしまった。
こいつ、まさか本当にそっちの趣味があって、僕を口説こうとしてるんじゃあるまいな?
そんな危機感に衝き動かされた僕は、その場から脱兎のごとく駆け出した。
「ちょっと!おい、お前――」
男のテノールの響きを無視し、僕は一目散に逃走した。
僕は校内から出て、乱れた息が静まるのを待った。
周囲をぐるりと見回して、警戒することも怠らない……さっきの大男がここまで追ってきてはいないのを確認する。
見も知らない女の子に突然告白されたりするのは何度もあったが、それに何よりも、中学生の頃に女の子と間違われてナンパと痴漢とに遭ったことがトラウマになっている。
僕を男と知った上で、男に迫られるのはこれが初めてだ。
本能的な恐怖しかない。
――まったく、今日はなんて日だ――
入学式の予行練習とやらがある来週まで、もうこの学校には近寄らないのが正解だ。
情けない話なので、姉にも言えやしないし、言いたくもない……
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