(スケッチブックに、実際のお姿は見ないで描いた理事長の素顔はこちら。あちこちに非常な苦戦の痕跡が…)
「――吉羅理事長!折り入って、お話があるんですが」
「なんだね、やぶから棒に」
理事長室に入る前から、香穂子はちょっとした興奮状態に陥っていた。
今も動悸がしていて、それが収まる様子がないまま吉羅とのご対面だ。
「あの、先日はオペラに連れて行ってくださって……ありがとうございました。タキシードの理事長、素敵でした。まるでセー○ー○ーンのま○ちゃんみたいで……」
吉羅が何のことだか理解不能とでも言いたげに顔を顰めた。
「……なんだね、それは。怪しい伏せ字だらけで一向にわからないぞ」
「こんなとこ読んでる女性陣には一目瞭然ですから、ご心配なく。って、こんなメタなネタをやってる暇はないんです。それで、あの。これは、先日のちょっとしたお礼の気持ちなので。受け取って戴けますか?」
香穂子は、手に持っていた包みを吉羅に向かって差し出した。
吉羅の掌から少しはみ出す程度の幅と厚みのある箱型をしていて、鮮やかなスカイブルーのリボンとダークブルーの紙でラッピングされている。
「お礼の気持ち……か。では、受け取らないのも失礼に当たるだろうからね。ありがたく頂戴するとしよう」
そう言って吉羅は箱を手にとり、机の上に置いた。
広げているノートパソコンへの入力作業を続行するつもりでいるらしい吉羅の姿勢に、香穂子は暫し見入ってしまった。
躊躇の後に、彼に声をかける。
「あの……」
「なんだね?」
「今、ここで。開けてみてくださいませんか?お気に召すか、どうか……」
「……例え気に入らないからと言って、君に突き返すなんてことはしないよ。贈り物は気持ちなんだからね」
香穂子に促されるまま、吉羅は包みを丁寧にほどいていった。
リボンを取り、紙を広げて中から出てきた長方形の箱の蓋を開けると、奥にはケースに収まっている物体があった。
ケースの蓋を開けて中を確かめると、吉羅の綺麗な一文字を描く眉が僅かに動いた。
「……これは……眼鏡、か?……私は近視ではないし、まして、まだ老眼になるような歳でもないのだが」
呆れたのかどうなのか、吉羅は半笑いの表情を浮かべて眼鏡のツルを引き出して手に取った。
「えと。あの。……こないだのあれはあれとして、ですね。……あの日はメガネの日だったんだそうです。それで……理事長の、メガネかけた姿を見たいなって……」
吉羅は、淡い青で縁取られた眼鏡と香穂子に交互に視線をやると、いかにもおかしそうに笑い出した。
「……これは、素通しじゃないか?まあ、妙な度が入っているよりはいいが」
「あの、ブルーライトと紫外線カットのものだそうです。室内にも、例えば蛍光管の光にも紫外線が含まれてるそうです。だからその、あの……目を傷めずに済むって、説明を受けて」
香穂子はなんとかして言葉で吉羅を説得して、それを掛けてもらいたかった。
しかし、何故かうまく口が回らない。
口達者で、しかも屁理屈をこねさせたらこの男の右に出る者はないと言っていいほど、弁の立つ吉羅をどうにかして説き伏せたい。
はたと香穂子は思いついた。
そうだ、率直に頼んでしまえばいいんだ――
「お願いします!私、理事長がメガネかけてみた姿、見てみたいんですっ」
素直に口に出しつつも、頭を下げた。
吉羅は瞬間呆気にとられたような驚きの表情をしていたが、香穂子の挙動がよほどおかしかったらしく、笑い出した。
「――了解した。君がそれほどに言うのなら――」
吉羅は、香穂子からのプレゼントのメガネを顔にかけてくれた。
思った以上に、それは彼によく似合っていた。
怜悧で理知的な美貌を際立たせるそれは、吉羅を実直で生真面目な研究者のようにも見せるし、あるいはどこか胡散臭い銀行員とか、見ようによっては教師くずれにも思えてくる。
シルバーメタリックに淡い青みのかかったフレームが、吉羅の切れ長の鋭い瞳を囲って、目元の涼やかさが強調される。
「――どうかね。おかしくはないかな?」
「いえ、全然。おかしくなんてないです。とてもお似合いです……すごく、素敵……」
香穂子は満足げに溜息をつきながら、吉羅の容貌をまじまじと凝視していた。
「度が入っていない、紫外線とブルーライトのカット……か。ちょうど今はPCでの入力作業中だったことだし、このままありがたく使わせてもらうよ。視力は悪くはないんだが、眼精疲労等を軽減してくれれば僥倖だな」
「えっと、じゃあ。コーヒーでもお淹れしましょうか?」
「そうだな。君も来てくれたことだし、少々休憩を取るとするか」
吉羅に度のないメガネを押し付けるなんて真似をして、剰えこの場でかけろと要求してしまって、それを冷たく撥ねつけられるのではないかと香穂子は危惧していた。
だが、思ったよりずっとスムーズに彼はそれを受け入れてくれた。
普段は見られなかった彼の眼鏡姿は、なんだかとてもドキドキする。
こんな小道具ひとつで顔の印象は全く違うものに変わるし、フレームの色や形を変えれば、もっと別な彼の姿を拝めるかもしれない。
吉羅にコーヒーを差し出して、二人で向かい合ってそれを飲みつつ、香穂子は彼の整った面立ちをじっと見つめる――
「……そんなに、まじまじと見られると、なんだか落ち着かないね」
吉羅はとてもそうは思えない落ち着き払った態度で、苦笑を浮かべる。
「理事長は、元々頭はとてもいいと思いますが、メガネをしてると一層知的に見えますね」
「その、メガネをかけると頭がよさそうに見えるというのがよくわからないんだが。ガリ勉のしすぎで視力が落ちて、メガネをかけざるを得ないという偏見だろうかね」
「いえ、あの。そのフレーム、金属の光沢があるじゃないですか。それがシャープな印象を与えるせいもあると思います。……メガネはかっこいいけど、……理事長は、サングラスしたら恐そうですね」
「まあ、目の表情が消えるからね。目は口ほどに物を言い、目は心の窓とも言われるように、目には人間のさまざまな感情が表れる。チンピラやヤクザがサングラスをかけるのはそうやって表情を消して、相対する人間に得体の知れない恐怖心を与える為だ。つまりはハッタリでの威圧が目的だからな」
さり気ない皮肉な話をする吉羅の顔は、酷薄な印象のメガネのせいでますます冴え渡っているように見える。
――決めた。
香穂子は、次には吉羅にサングラスをプレゼントしようと思いついた。
彼の表情が、今度はどういったものになるのかとても楽しみだ。
そう考えていると顔が自然と綻んでしまっているのだが、それは吉羅からすると、香穂子が何を企んでいるのか丸わかりだ……
(つづくかも。お暇な方は塗り絵をしてみてください)ぬりえやってみた。絵にエアブラシかけてサングラスにしたら……理事長恐い!!((((;゚Д゚))))
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もうすぐ誕生日だってのに相変わらず腰が痛いけど、ブログ開設から二年経過しても理事長と香穂子ちゃん妄想が止まりませぬ(*´д`*)
こちらは線描のみ。
こちらは明度を下げて彩度を上げたもの。また違った感じになりました。
今夜はスーパームーンですね。
昨年書いたお月見のお話=十六夜の月と併せて読んでもらえたら嬉しいです♪