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Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」、漫画金色のコルダ、Vitaのゲームをベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載しています。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや、オクターヴの補完テキスト、パロディマンガ無料掲載中。一部パスワードあり
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「――暁彦。暁彦、起きて。起きなさい――」
柔らかな姉の声がかかり、僕は肩を軽く揺すぶられる。
まだ重い瞼を開くと、眩い陽光とともに姉の輝くような笑顔が間近にあった。

「――ああ、姉さん。いつの間に留学からこっち戻ってきたの?」
「あなたが調子乱してるって聞いて、ちょっとだけ様子を見に来たのよ。どうしたの?ここのところヴァイオリンも弾かないどころか、学校にもろくに行ってないって言うじゃない」
「だって、それは。姉さんが――」
死んだ――そう言いかけるのに、僕の口からはその言葉が出て来ない。

「私がどうしたの?……おかしな子ね。悪い夢でも見てたんじゃないの?」
姉は屈託なく明るい笑みを向けて、僕を見ている。

ああ、そうか。
姉さんは生きているんだよ、本当は。
留学先で亡くなっただとか、そんなのが嘘で夢だったんだ。
だってほら、今だって元気でそこにいるじゃないか。
僕が酒に溺れて学校にろくに通わずに、ヴァイオリンを捨てた形になるだなんて馬鹿げている。

だから僕は――

「ねえ、暁彦。何か弾いてよ」
「何?リクエスト?」
「そうよ」
「――だって無理だよ。僕のヴァイオリンはずっと学校に置いてあるし。家にあるやつはみんな調子がおかしいし。第一、僕はもう……」
「もう……なあに?どうしたの?」

――おかしい、何かがおかしい。
ひどい違和感を覚えているのに、どうしてかそれの正体がなんなのかが掴めない。
話そうとする顔がこわばり、唇が震えていく。

「僕はもう……ヴァイオリンは――」
そう言って姉の顔を見ると、彼女は悲しそうに僕を見つめていた……

――目覚めると、カーテンの隙間から陽光が漏れているのがわかる。
今は何時なのかもわからない、時間の感覚さえあやふやだ。
全身に汗をかいていて……ついでに涙のおまけつきだ。

いっそ、気が狂ってしまった方が楽なのに…………
酩酊が去って素面の状態に戻ると、僕の中の理性が僕を苛む。
幾度も幾度も、繰り返し姉の夢ばかりを見続けている。
毎日のように、酷い時にはうたた寝をしているような時でさえも。
日に何度も――心を切り裂かれるような辛い悪夢を……

どうして、未だに正気を保っていられるのだろう。
おかしくなってしまえるものなら、そうなってしまいたい。
現実だけでも辛く苦しいのに、夢の中でさえも悪夢に追い回されてしまうだなんて、ひどすぎる。

夢の中の姉は、明るい笑顔で現れて悲しそうな顔で消えた。
何かを言いたかったのだろうか。
僕にヴァイオリンを捨てるなと、やめて欲しくないと言うのだろうか。
――今の僕は、ヴァイオリンの曲を聴くことさえしたくはない。
何故なら、姉と過ごして練習に励んできた日々を否応なく思い起こさせられるからだ。
あの曲はいつ練習した、姉と奏でたものだと……
楽しかったあれこれの想い出が、今では鋭い棘となり変わって僕を突き刺す。

だからこそ、音楽が絶えない音楽科の自分の教室には行きたくないのだ。
今の僕にはそんな環境に身を置くことは、死ぬよりも辛い拷問に等しい、地獄の責め苦に変わってしまった……

勇気がない、意気地がないと呆れたり罵る輩もいるだろう。
僕の才能を惜しんでくれる教師にも講師にも申し訳ないが、僕の音楽はもう――
姉とともに、あの冷たい墓石の下で眠りに就いてしまった……おそらくはこのまま、永遠に。

わかっているんだ、こうしている僕を姉が見ているなら、きっと彼女は悲しんでいるはずなのだと。
生を持て余して、日々をただ悲嘆に暮れながら自堕落に、無為に過ごしている僕を姉がどこかから見ているのなら、きっと彼女も泣いているだろうと……

――でも、せめて今だけは悲しみのどん底にいたとしても、こうやって姉の死を悼んでいたい。
いつか冷静になれる時が訪れてくるまでは、ここでこうして喪に服していたかった。

誰かと話すことさえも億劫でならず、元々本は好きだがのめりこむように大量の本を次々に読み耽ったり、クラシックと無関係なCDを聴いたり、DVDを観たりして日を過ごしていた。

通いのお手伝いさんが週に2・3回訪れて来るが、僕の部屋には決して入れさせなかったし、食事もろくにせずにいる僕を心配してくれていたが両親は不在がちな中、僕は一人自室にこもっていた。
時には姉の部屋に入り、留学前のそのままになっている室内で……
姉の遺した数々の品物を見ては、滂沱の涙が流れるのに任せた。

もう、彼女はここへと戻ってくることはない。
それなのに、家のあちこちから姉の気配を感じることがある。
振り向けばそこに姉がいるようでたまらなくなるし、時にはすぐ背中側に――ひどく近くにいるような気配をさえ感じるのだ。

錯覚なのか、霊感と称されるものなのかもわからない。
僕は幽霊や霊魂の実存の可否については、どちらかと言えば懐疑的な立場だったが、ファータなどという非現実的な存在があるのだから、もしも人が亡くなった後でも魂が残るのなら、そうであって欲しいと願っていた。

いつも家にいたはずの人が急にいなくなる。
遠くへ離れて行ってしまった――
それが人の死なのだと思っていたし、姉はまだ海外の留学先に居て、ただ連絡がつかずにいるだけなのだ、そう思いたかった。

いつでもここにいた人が、もう二度とここへは現れなくなる。
同居人が亡くなった後の遺族は同じ家でどうやって暮らして行くのかと、とても残酷なことじゃないのかと、以前思っていたことがある。

家中のあちこちに、彼女の足跡と息吹が残っているのだ。
あのテーブルで、あの椅子で姉は笑っていた、本を読んでいた。
時には僕への説教も行われた。
反抗期真っ盛りの十代中盤、異性の姉には理解してもらえないだろう荒々しい衝動が起きたりしていた。
時に干渉してくる姉を鬱陶しいと思っていたし、放っておいてくれと思っていたこともある。
僕の年齢が上がるにつれ、ようやく姉に少しは優しく接してやれる心の余裕ができてきた、そう感じていた。

いつのまにか涙のしずくが落ちて、僕の手の甲を濡らしていた。
泣くなんて男らしくない、耐えなければならない。
そう思っていても、心の裡で吹きすさぶ感情の嵐は一向に去ってはくれない。
せめて人前で泣かなくなれる時が来るまで――
涙が涸れ果ててしまうまではこうしていたかった。

姉の死後の約一ヶ月は、こうして日々が過ぎ去るのを待っていた。

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――これは現実のことなのか、未だに判然としない。
出口のない悪夢の中を彷徨い続け、迷い込んで歩き続けている……
そんな錯覚が僕の五感を鈍らせていた。

もう、この世界のどこにもあの人はいない……
辛すぎる現実を現実として捉えたくはなくて、眠りの中へと逃避する。
今度は終わりのない悪夢が、毎日、毎晩僕を責め苛みにくる――

姉が実は生きていた、そんな夢を幾度となく繰り返し見続けていた。
それには、よくもまあこんなにも……と言いたくなるほどのバリエーションが付き物だった。
姉は病気にもかかっていなくて、留学先で元気にしていて、今はまだ帰って来ていないというものだったり。
生き返ってきても、それはこの一日だけなのだと悲しげに言われて、僕はその姉の手に取りすがって泣いたり。

――その時には、生まれて初めて夢で涙を流しながら起きるという経験をしてしまった。

実は生きていた、実は元気でいた――というのは僕の中の切実なる願望だ。
それが夢という形をとって現れると、夢の中では本当にこれが現実なのだと思い込んでいるのだから、始末が悪い。
僕の望みが目の前で具現化しているというのを、夢の僕は本心から信じ込んでしまっている。

眼を覚ますと、いつもいつも決まって自分に言い聞かせる。
姉はもういない、姉はもう死んでしまったのだ――と。
一週間経とうが、半月経とうが、……そして一ヶ月経とうが、僕の感覚は現実離れした浮遊感を伴っていて、全てにおいての気力が湧かない。
積極的にではないが、体調が悪いと言っての登校拒否を行い続けた。
三年生の半ばを過ぎて、大学への進学を考えなければならない時期だ。
だが、到底そんな気になどなれやしない。

姉を最終的に追い詰め、その命を擲たせたのは音楽だ。
以前まではソリストになりたいと希望を持ち続け、必死の思いで修練を積み重ねてきた。
――が、姉を殺した音楽になど、僕は身命を賭す謂れなどない。
日増しに音楽を、そして僕ら姉弟を音楽の道へと誘導してきた音楽の妖精・ファータどもへの憎しみが募ってくる。
これは姉自身が選んだ道だ、ファータの強制などでもなんでもないのだ。
理屈ではそうわかっている、アルジェントをはじめとする連中を憎むのは筋違いなのだと、理性の中では警告を発している。

ただ――もう、自分の目の前には現れてくれるな。
そうアルジェントに告げた時、知らずに涙がこぼれ落ちた。
姉の葬儀から一週間が経った頃だろうか、僕の涙を初めて見たアルジェントは悲しそうな目をして、何も告げずに虚空に消えた。

最初は、理不尽な運命への怒りが大きかった。
なぜ姉が若くして死ななければならなかったのかと、血飛沫くような憤りが僕の中で膨らんでいった。
体調が悪かったのにそれを我慢しぬいて隠し通していた姉にも、姉の体調不良を早くに察知してはくれなかった周囲の人間にも怒りを覚えた。
それも一種の八つ当たりでしかない、わかっている。
最終的には姉自身が、まるで自死を選ぶかのように音楽に殉じて逝ってしまったのだ……

何故、僕は姉の留学先へと赴かなかったのだろう。
何故、もっと頻繁に電話をしてやらなかったのだろう。
一回顔を見に行くよと言ったその時に、どうして実行に移さなかったのか。
――何故、どうして……
僕が早くに気付いてやりさえすれば、姉はまだそこに居て僕に微笑みかけてくれていたのかもしれない。
姉を救えなかった自分へと、繰り返しの後悔の念が訪れてくる。

最終的には自分自身への不甲斐ない思いが、一どきにどっと押し寄せてくる。

――もっと、姉に優しく接してやっていればよかった。
僕を思っての助言や諫言を、僕はまともには取り合わなかったり、話半分に受け流してしまったり、そんなことばかりをしていた。
そんな時、いつも決まって姉は仕方なさそうに弱々しく微笑を浮かべていた……

最後の最後に、姉と話したシーンがリフレインする。
空港で姉を見送り「体に気をつけて。頑張って」
そんなありきたりの、当たり前の言葉しかかけられなかった。
「体の調子がおかしくなったら、すぐ医者に行くとか、日本に帰ってきて。一人では抱え込まないで」
――今ならば、姉に僕はそう言ってやりたかった。
搭乗予定の飛行機へと向かう後姿、それがいつまでも僕の脳裏に焼きついている。

自分を責め続け、その度に僕は涙を流した。

涙というものは、どうやら涸れ果ててしまうことなどないらしい。
辛い現実を忘れたくてアルコールに手を出してみると、余計に悲しい思いをするだけだったりした。
酔えば思考回路が変わるだろうと思えば、ひどく落ち込む結果に終わって後には頭痛、悪心、自己嫌悪の嵐だ。
だが、肉体的な苦痛で精神的な煩悶を押さえ込めている、それだけは現実の出来事だった。
だから、うまくもないアルコールを貪るように飲み続け、酩酊の中で極彩色の夢を見る――
何が現実で何が妄想なのかの境目さえがあやふやに溶け崩れていて、僕のこれまでの日常生活は完全に瓦解していった。

自分が音楽科の生徒であるという現実を、これほど呪わしく思う日が来るとは、姉が元気だった頃は想像もしていなかった。
一ヶ月近く学校に登校しない僕を心配して、担任や副担任、受け持ちの講師などが電話をかけてきたり、時には大挙して家まで来訪してきた。

僕はもう音楽の勉強をする気は失せてしまった、今は何よりも日々を暮らして、無為に時を過ごしているのさえ辛い。
そう言って追い返すのだが、講師も教師達も、僕の実績や才能を惜しむ言葉を重ねて、僕を説得しようとする。

――頼むから、もう放っておいてくれ。
そう言い放ってドアを乱暴に閉める。
静寂のただ中、僕は睡眠とアルコールに逃避する日々を過ごしていた。

食欲は殆どないに等しく、空腹感もおぼろげにしか感じられない。
興味本位で煙草に手を出してみたが、咳き込むばかりでうまくなんかない。
外に出る気力さえないのだが、これが街中なら、簡単に所謂“草”や薬物に手を出していただろう。

そこまで堕ちたくはないという最後の矜持だけが、かろうじて僕に残されていた。

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プロフィール
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yukapi
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職業:
派遣社員だけどフルタイム 仕事キツい
趣味:
読書。絵を描くこと、文章を書くこと。
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