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Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」、漫画金色のコルダ、Vitaのゲームをベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載しています。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや、オクターヴの補完テキスト、パロディマンガ無料掲載中。一部パスワードあり
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姉が息絶えたその時から、僕の中のあらゆる明るい感情は消えてしまったに等しい。
笑うこともできず……波濤のように押し寄せてくる悲しみと、後悔の念に自分が徐々に食い潰されていくのを、静かに感じながら。
それに抗うこともせず、ただ――与えられた生を持て余している、それが今の僕でしかなかった。
死にたいわけじゃない。
このまま生きているのが辛いだけだ。
積極的に死を願う気持ちはない。
胸の中が黒い絵の具で塗りつぶされていくようだ。
心の内側に大きな空洞ができてしまったようで、今は何をするのでさえも虚しい。
心理学の本、愛する人に死なれた人が書いた本を読み耽っても、一向に心に響いてはこなかった。


――人は、死んだらどうなるのだろう。
そんな疑問を誰もが一度は考えたことがあると思う。
死者は何も語ってはくれず、その姿は見えず、声は聞こえない。
彼女の現状がどうなっているのかさえ、僕にはわからない。
願うのはただ一つ、姉がもう苦しんではいないことと、安逸な中にいてくれればいいと――ひたすらに、それを祈っていた。


想い出は消えることなどない。
場面場面が、まるで瞬間を切り取られたように色鮮やかに蘇ってくる。
姉が留学に発つ少し前に、姉とその親しい友人たちと、江ノ島に遊びに行ったっけ。
日本の風情を味わうには、やっぱり自分の愛着のある場所で、思いっきり楽しんでから行きたいと……
あの日の波間の輝きや、水の冷たさも今でも覚えている。
友人たちと戯れている姉の笑顔、飛び交う海鳥の群れと鳴き声。


あの時は金澤先輩がトンビにパンを奪われて怒っていたけど、僕らはそれがとてもおかしくてたまらなくて、馬鹿みたいにいつまでも笑っていた。
大勢の人間の中でただ一人パンを持っていた彼の傍まで、焦げ茶の影が閃いたと思ったら、あっと言う間にトンビに袋ごと持ち去られてしまって――
近くの売店には、トンビに気をつけろという注意書きもあったのに。
江ノ島に限らず、神奈川の海沿いの地域では当たり前にある光景だから、気をつけろと僕は金澤先輩に忠告したのに、彼は「面白いから持ってってみろ」と言ってパンを振り回したりしていたのだ。

――そうだ、金澤先輩はどうしているのだろう。
姉の葬儀以来連絡は来ていないし、こちらからもしていない。
彼は声楽家を目指しているので、星奏学院大の音楽学部で今懸命に励んでいるはずだ。
授業時呈も多く必須単位も履修しなければならない。
なぜ彼と顔を合わせないのか……単純に僕が学校に行っていないからだ。
外部からの電話も殆ど受けずにいるし、家にかかってくる電話が鬱陶しく感じる時には電話線をモジュラージャックごと引き抜いてしまっていた。


……一人にしておいて欲しい。
そう思って引きこもっているくせに、こうも長い間他人の声さえも聞く機会がないと慰めてくれる人もいなくなってしまったのだ……と、寂寥感 が押し寄せてくる。
勝手すぎる自分の言い草に、我ながら呆れ果てる思いだった。


本を買いに行きたくて、久しぶりに外出の準備を整えて、家のドアを開けた――



外は眩しくて……一瞬目の前がくらんでしまいそうに明るかった。
陽の光が暖かく感じるのと同時に、姉はもうこの陽光のぬくもりを感じることはないのだと――改めて、喪ったものの大きさを思い知らされる。


大きな悲嘆ではなくて、今度はそういった日常の些細な出来事が悲しみに繋がっていく。
歩いて行く街中の風景は変わらないのに、姉はもうこの佇まいを見ることはない。
この風を、光を感じることさえできない遠くへ行ってしまったのだ……


大きな書店に出向いて、あちこちのコーナー の書籍を探してみた。
新しい本の匂い、インクの匂いが何故か心を落ち着かせてくれた。
本の世界にのめり込めば、今感じている死にたいくらいの苦しみを、一時だけでも紛らわすことができる。
だからこそ、一層……


書店の外へ出て、さあ帰ろうかと思いながら駅前のロータリーへと来た。
本の買い物がそこそこ重くなってしまったので、帰路はバスにしようかと思って、バス停が立ち並ぶ箇所へと歩いて行った。


ふと視線を向けた先に、なんとはなしに怪しい人影が見えたような気がしてその人物の方へと少し近づいた。
その男は黒っぽい派手なスカジャンを着て、下はズタズタのジーンズを穿いている。
しきりに野球帽の帽子のツバを弄っているのだが、そわそわとしてずっと体を忙しなく揺らしている。
僕が言うのもなんだけど、明らかに挙動不審なそいつを眺めていたら、なんとそいつの方から僕に近づいてきたではないか――



「よう、兄ちゃん。電話よこしてきたんだろ?いいの仕入れてあっからよ、一本早く出せよ」
不自然に押し殺した声で囁いてきたそいつは、妙に馴れ馴れしい態度だった。
「――は?」
僕には男の言葉の意味が何一つ掴めずに、間抜けな返事が出た。
「とぼけんなよ。バツ欲しいって言ってきたのはおめーだろうが。ほら、あっちの隅っこ行ったら出してやっからよ、金と引き換えだ」

――その隠語でやっと理解できた。
どうやら男は薬物の密売人で、取引相手が僕だと勘違いしているのだ。
「人違いですよ」
「ああ?今更何言ってやがんだよ。早く金よこせっつってんだろうが」

男の口調が変わり、小さい声だがドスを効かせた低音で囁いてきた。
「ですから、人違いだと言っているんです」
「とぼけんなよ、おめえ。その顔色、常用者だろ?いくらばっくれたってわかるんだよ、こっちにはよ」

どうやら、僕は外見で薬物中毒者と見間違えられているらしい。
服装は小奇麗にしてきたつもりだが、この不健康な様子ではそう思われてしまうのかと、忸怩たる思いにかられた。
男が僕の肩に手を回そうとしてきたのを振り払おうとすると、相手が勝手に滑って転んでしまった。
「てめえ!何しやがんだコラ」
男は喚き散らしながら、みっともなく手足をじたばたさせていた。
知るか、そっちが勝手に勘違いをしてきたんだろうが。


その隙に僕は逃げ出したのだが、どうもここ暫くの不摂生が祟ってるようで体が重く、思うように動けなかった。
日曜の夕方、薄闇が迫ろうとしている中で僕は危機的な状況にいた。
警察に駆け込もうにも、息切れがひどくて交番まで辿り着けるのか――
掴みあいになってしまうか、それとも一方的にやられてしまうのか。
それも悪くはないと自暴自棄な考えが掠めたが、男の怒声が背後から聞こえてくると、僕は倒れそうになる体を動かそうとして、必死に足掻いた……

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