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Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」、漫画金色のコルダ、Vitaのゲームをベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載しています。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや、オクターヴの補完テキスト、パロディマンガ無料掲載中。一部パスワードあり
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その後、一週間して僕は金澤先輩を再び僕の家へ招き入れた。
それまでの間に、音楽関係の書籍やら楽譜、教本の類をまとめて片付けてしまった。
勿論ヴァイオリンも、その関連の用具の数々も処分するつもりでいた。
引越しでもするのかと思われるほどに、僕の部屋の荷物はかなり減っていた。
いつでも家を出て行けるように準備している、というのもまずある。
決して狭くはない部屋だが、机と本棚、ベッドくらいしか家財道具がなくなった室内はだいぶガランとしてしまった。
なんだか家具店の売り場のような、味も素っ気もない無味乾燥ぶりだ。



部屋の隅に積み上げられた段ボールの箱を見て、やはり金澤先輩も僕がここを出て行くと思ったようだ。
「引越しでもすんのか?」
「いえ。ただ、不要な荷物をまとめて収納しただけです。……気持ち的にはかなりすっきりしましたね」
事実、片付けの作業をして体を動かしている間に、僅かずつだが気持ちが上向いているのを自覚していた。
少し前までの、姉を亡くした悲嘆に暮れるだけだった日々からは考えられないような変化を、僕は遂げようとしていた。

姉の部屋こそ元のままで、未だにそこには手をつけられずにいる。
今度僕がそこに入るのは、ここを立ち去る時だと心に決めている。
迸り出る感情が涙とともに涸れてしまったようで、僕は金澤先輩とさんざん飲んだあの日以来、泣くことはなかった。




僕は金澤先輩に、少し前から考えていた計画を告げることにした。
「――音楽科から、普通科への転科をしようと思います」
それまではただ僕の話に耳を傾けていてくれた彼が、グラスの中身を干そうとする動作を止めた。

「……進学の方はどうするんだ?おまえ、星奏学院大の音楽学部へ推薦されるって、ほぼ決まった形になってたよな?」
「外部受験をします。……MBAを取得したいと思っているので、経済学部があって国内でのMBA取得に力を入れている……都内のK大を狙います」
このまま、あの学校で……音楽にまみれた生活を続けていくことはしたくない。
できるのなら一刻も早く訣別してしまいたい。
でないと、いつか本当に僕は気が狂ってしまいそうに思えるからだ。


「……そうか。一応必要な単位数は取れてるよな。けど、ここ最近おまえが学校に通わなくなってから、まあ……どれくらい経ったっけ?ひと月くらいか?」
一ヶ月余りの間、僕は出席せずにいた。
欠席日数が多すぎるので、推薦基準になど到底満たないだろう。
だから必然的に一般受験をしなくてはならない。
星奏学院大に通うという選択肢もあると言われるだろうし、現に教師たちは口々にそれを勧めてきたものだ。


冗談じゃない。
姉の過ごしていたあの空間に身を置けば、僕は自責の念と悔悟にかられてどうにもならなくなるだろう――
姉が明るく希望に満ちた日々を送っていた学び舎で、それが断絶されたのを追体験しろと言うのか?
僕の神経は、テレビモニターがぷっつりと切れるがごとく、ブラックアウトしてしまうことだろう。


僕は正直にそう金澤先輩に告げた。
「……そうか。後は、親御さんがなんて言うかだよな」
「もう十八です。奨学金を借り入れてでも、アルバイトを幾つ掛け持ちしたって大学くらい、自力で通います」
「まあ、そんな肩に力入れ過ぎんなよな」
「幸い、僕自身の貯金もあるにはあるし……学資として積み立てていた資金くらい都合がつきますから」


とにかく僕は、音楽に囲まれたあの環境から逃げ出したかった。
このまま僕が生きていかねばならないのなら、境遇も何もかもを改めていくしかない。
音楽と無縁の場所に移ってしまいたい、それもできるだけ早いうちに。
それを逃避と呼ぶならばそう言われても構わない、好きにすればいい。
他人の思惑などどうだろうが知ったことか。


以前から経済学には興味もあったし得意な分野だ。
どうせなら、今のうちにその資格の最高峰であるMBAを目指したい。
得意な語学も活かせるし、いずれ留学をしてもいいかもしれない。


目標が定まれば、あとは半ば強制的にでも自分をそこへ追い立てるだけだ。
三学期になれば、大学受験の為の自由登校期間が始まる。
今から転科し普通科に在籍するのも形だけになるだろうし、学校へと足を運ぶ機会は自然と激減していくだろう。


「……そっか。まあ、後は親御さんが反対するようなら、俺も加勢してやってもいいぜ。もし追い出されたら、俺の下宿にでも来るか?」
「そうですね……先輩さえよければ」
「俺はおまえと違って、整理整頓苦手だからさ。それはおまえに頼むかもしれねーな。そこんとこだけ気に留めといてくれよ、なっ」
「ですね。じゃあ僕、料理とかしないんでお任せしますよ」
「おっと、そうきたか。お坊ちゃまのお口に合うものができるかは保障できませんよっと」

金澤先輩の笑顔につられて、僕も笑う。



両親と話をしてみたが、あっさりと転科・外部受験についての許可が出た。
家を出て行く可能性についても、姉と過ごしたこの場が辛いのなら、それもいいと言われた。
予備校の集中講義に通うのにも了承が得られたので、それを親を交えて僕のクラス担任や学年主任と話し合った。
二学期が終了しようとしているこの時期に、転科をするなんてと訝しがられるかもしれないが、構うものか。



これで、学校の授業でさえも音楽と関わらずに済む。
それは僕を今まで縛り付けてきたしがらみからの解放を意味していた。
虚しさなど感じない。
胸の裡に空いた穴も、いずれは塞がる時が来るだろう。
長年ヴァイオリンを当ててきたせいで、固くなってしまった鎖骨の辺りの皮膚も元通りになるのだろう――
いつかその時が来たら、僕のこの苦しみでさえも、あの頃はあんな苦悩があったのだと思い返すだろうか。


時折胸は痛むだろう。
姉がいなくなったという事実は変わらず、喪失感は消えることはない。
この胸にわだかまる悲嘆も、姉を襲った過酷な運命への怨嗟も、少しでも薄まる時は訪れるのだろうか……

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>ユードさんへ
拍手とコメントありがとうございます♪
これは続けて書きたかったんですが、多忙な日常の最中にも構想は練っていました☆
少しずつだけど前向きに…進学を控えた三年生のときにお姉さんを亡くしたので
重要な人生の岐路で音楽を捨て去る経緯ですね。
前向きになるためには音楽を捨てなければ生きていけなかったんだろうなあ……

吉羅理事長はMBAを持つ院卒なので…あとお坊ちゃんの集う慶応辺りがそれらしいかなあ?
なーんて思いつつも、妄想のままに書き綴っています。

ここで一旦切ってもいいかなと思ったんですが、彼はきっとモテるだろうから
今後も波瀾はあるのでしょうね…
本編、あと高一暁彦君のお話を書きつついきますので、続きを気長に待って戴けると嬉しいです♪

yukapi URL 2014/12/23(Tue)23:18:22 編集
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yukapi
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派遣社員だけどフルタイム 仕事キツい
趣味:
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