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Since2013.10~「100万人の金色のコルダ」、漫画金色のコルダ、Vitaのゲームをベースに、吉羅暁彦理事長と日野香穂子の小説を連載しています。現在単発で吉羅理事長楽章ノベライズや、オクターヴの補完テキスト、パロディマンガ無料掲載中。一部パスワードあり
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――変わらないな、ここも。
いや、うんざりするほどあの頃と同じか――

一種独特の威容を誇る母校を改めて振り仰ぐと、さまざまな想いが去来する。
それは輝かしい想い出の煌き、苦悩に満ちた苦渋の日々をも孕んで、私を少々感傷的な気分へと導いてゆく……

――私は星奏学院の理事に就任する事を了承させられ、再び母校へと足を踏み入れた。
経営破綻の手前、あと一歩踏み出せば奈落の底へと突き落とされる直前になり、現校長である私の叔父から泣きつかれたのだ。
財務に疎いと公言して憚らなかった叔父の隙に、実質的に学院を私物化していたのに等しい理事会が、学院の経営資金を投資へと持ち出すという愚挙を犯したのだ。
――素人が、自分は楽をして儲けたいのだと不労収入を得たいという射幸心のみで株やらFXに手を出してはどうなるのか。
それは火を見るよりも明らかだ。

学院の破産を招く寸前になってから、MBAを取得済みの私の存在を思い起こした叔父が頭を下げてきたのだ。
冠婚葬祭の場でもなければろくに話もしない叔父が、突如として私にすり寄ってきたのは腹に一物あるのだと、とうに感付いていた。
最初はいきなり「理事長に就任して欲しい」などと、荒唐無稽な依頼をしてきた。
当然ながら私はそれを言下に一蹴したのだが、さすがに叔父も転んでもただでは起きなかった。
「理事長が無理なら、せめて理事に」
……常套手段だ。

初手には到底受け容れてはもらえないだろう本命の依頼をし、蹴られれば少しハードルを下げて、取り付きやすい案件を再度提示する。
理事長は幾らなんでも困難が伴うだろう、それが無理なのは重々承知している。
ならばただの理事でいい、他にも理事がいるのだから。
その中の一人として、経済のエキスパートとしてのお前の立場から、現況の経営状態についての助言が欲しい――

我が叔父ながら、なかなかにしたたかな交渉術を遣う。
断られるのを承知の上で大本命の依頼を済ませ、次に心理的な負担を下げた案を持ち出す。
ここで私が受諾したと言えば、実質的にいずれ理事長へと格上げさせられるのは目に見えている。

……熟考の末に了承の意を伝えたのは、認めたくはないのだが叔父の情に絆された面が大きい。
私が姉を喪って以来、肉親の情愛に脆くなっていると自覚している。
単純に弱った年長者を労わるだけの問題では済まされない。

これまでに、私がどれだけ音楽に関わる状況を忌避してきたものか。

これを承知してしまえば、人生が大きく変えられてしまう。
もう二度とあの場所には戻るまい、そう決意して学院を去ってから、幾星霜の年月を経ただろうか。

それが、結局は此処に到るまでの単なる回り道に過ぎなかったのだと思うと、運命の悪戯とも言うべき事態に直面し、暗澹たる気持ちになった――

理事の一人としてまず会計監査を行うと、後悔の二文字だけでは済まされない厄介事に巻き込まれたのだと知った。
ほぼ犯罪に等しい業務上横領と、背信との罪状の証拠を握ってしまった。
巨額の金を融資で溶かし、姿をくらませようとした理事らを追って捕捉する事態から始めねばならなかった。
彼らを犯罪行為で告発・起訴するのは容易い。
だが、それには膨大な時間と手間隙を必要とする。
乱脈生活の末に自己破産に到った理事に賠償請求をしたところで、億単位の金はもう二度と戻りはすまい。
私は法律家として学院の暗部を粛清しに来たのではないのだ。
忸怩たる思いを抱えながらも、これまでに培ってきたノウハウと人脈とを活かして、母校の建て直しを図らざるを得なかった――

理事となってからは、毎日のように学院へと足を運び続けた。
あらん限りの手を尽くして財政再建の方法を模索し、帳簿のあらかたの不正や粉飾を押さえた頃になると、既に季節は移り変わっていた。

ふと空を見上げると、高らかに舞い飛ぶ小鳥の姿と鳴き交わす声が降り注いできた。

――ああ、もうあんなに空が高い。
多忙を窮め、甚大なストレスに晒されていた中で、空を見上げるといった些細な事さえ忘れかけていた。
ヒヨドリの声……
学院の傍の墓地に葬られている私の姉、美夜が好きだと言っていた鳴き声だ。

休日の学院の中には、人影さえもない。
いつもは私を悩み苦しませる、数々の音楽の欠片さえない。
私の足は校舎内に入り、通常ならば閉じられている屋上を目指して歩を進めていた。

――この壁も、あの掲げられている絵も、あの頃と同じだ。
高い天井も、重厚な造りの壁面も、意匠を凝らした窓辺も――

脳裏を行き過ぎてゆく数々の想い出。
無数の生徒の織り成すさざめき、笑い声、音楽……
影のように多くの、顔のわからない生徒の姿が浮かんでは泡のように消えてゆく。

胸を鋭く刺し貫くのは、輝かしい希望に満ちた日々の、金色の残像。
グラウンドで眺めた夕暮れの情景、教室の窓から覗いた友達の顔、手に持ち音を奏でたヴァイオリンの感触。

一気にそれらが交錯して、目の奥が熱く痛くなる。

――此処は、巨大な墓標だ。
私の心の一部をもぎ取り、奪い去っていったものどもが眠るモニュメントだ。
息苦しいほど懐かしく愛しい日々だからこそ、今もなお心を苛み続ける想いがある。


何故あの時私は姉の命を取りとめることができなかったのか。
もっともっと話したかった、もっと気にかけていればよかった……
苦い後悔の念が私の胸を黒く塗り潰してゆく。
できるのならば時間を取り戻したい。
謝りたい、赦して欲しい。
ただ一日だけでいい、あの人に会いたいと、血を吐くような想いで何度願ったか――

屋上の扉は、重い軋み音を長く引いて閉まった。
基本的に此処への生徒の立ち入りは許されてはおらず、それは今も変わらない。
……この場所でも、数限りない音を奏でた。

あの人の笑う顔、憂えた表情、ふざけていた私を見守っていた慈母のような眼差しが蘇ってくる――鮮やかに。

歩いている足許近くに目をやると、色褪せた何かの痕跡が見て取れた。
――ああ、あの時の落書きだ。
姉と金澤さんと共に過ごしたあの一年間。
コンクールを控えた金澤さんに導かれて此処へ来て、彼は私に色鮮やかなペンを差し出した。
決意表明を残しておくんだと、彼は悪戯っぽい表情で私に告げた。
彼はいかにも彼らしい言葉を、私は彼に付き合わされたという思いもあったのか渋々と、でも密かに胸を弾ませていたのを覚えている。

姉は、そんな私たちの様子を見ても咎め立てることはせずに、ただあの優美な表情で笑顔を浮かべていた……

記憶は、いつまでも薄れてなどいかない。
今では永久に喪われてしまったからこそ、却ってより鮮やかに、より美しく蘇ってくる……とても鮮明に。
くっきりとした輪郭線を描いて。
この手に掴み取れるかと思えるほどに――

暮れてゆく西日が私の目を射し、瞼の端が痛んだ。
瞳を閉じると浮かんでくる、セピア色の残像。
消えない想い出、消せない胸の痛みを残して永遠に過ぎ去っていった日々。

――貴女は今、もう苦しんではいませんか。

安らかな心地でいてくれていますか。

楽しかった時を思い出して慟哭する私を、貴女は赦してはくれますか?

どうかこのひと時だけは、貴女を想うのを許してください……

――空気を切り裂くように鋭い、ヒヨドリの声。
気がつけば辺りは夕闇の色に染まっている。
鳥たちが塒に帰る頃合で、一斉に群れが羽ばたいて空高く舞ってゆく――

私も帰らなければ。
私は私の場所へ――何処へ?
心はまだ迷い子のように彷徨い、惑っている。

それでも、貴女も此処を消してしまいたくはないはずだ。
だから私のとった行動は正しいのだと、そう信じても構いませんか?
貴女の愛した場所を護り続けるのが私の使命ならば、私はそれに従おう。

消えない想いを抱いて、運命の不思議に導かれて、私は今此処に居る。

それが私に課せられた試練ならば、甘んじて受けよう――

ようやくそう思えるようになったのは、やはり貴女のおかげなのだ。

貴女が生きろと命じるのならば、私は精一杯に命を燃やして生きよう――


(了)

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